2007年10月25日

●パスしましょう

 「まさか社会保険庁ではないでしょうね・・・」 「いや、そのまさかです。私は・・・」

 先週はこの欄で、居酒屋主催の秋の一泊旅行に常連客たちと参加したことをご報告したが、その夜の酒席でAさんがポツリとしゃべったのである。

 だいたい常連客ともなれば何回か顔を会わせていると、問わず語らぬのうちに相手の過去の経歴ぐらいは何となく分かってくるはずだが、Aさんについてはまったく分からなかった。

 相手がしゃべらないなら、こちらからも聞きはしない。それがこんな店での最低のルールでありマナーである。

 だが、それもその場の空気というものがある。

 年寄りばかりだから打ち解けて昔話をしていても、Aさんは過去には触れない。別に過去に暗い蔭があるということをかんじさせる人柄でもなく、むしろ紳士である。

 ちょっとヘンだなと感じたのは私だけではない。何時間もAさんの車に同乗していた退職公務員のDさんもそう思ったという。

 Aさんはそんなわれわれの空気を察したのだろう。その夜の宴席でわざわざわれわれの宴席に来て「実は私は…」と「告白」したのである。

 あれだけ世間の批判にさらされている社保庁だから、世間の目をはばかっていたのである。まあ、それは当然だろう。

 さて、問題はこれからだ。「社保庁にいて、退職後はある公的病院の事務長をやっていたのです」と経歴を語られても困るのである。相手が投げてきたボールを受けようがない。

 「ほう。それは結構なところにお勤めで、ようござんしたね」と応じても、相手が素直に受け取るはずはない。

 だいいち、そんな言葉を口にできるほどの演技力を当方は持ちあわせないのだ。心にもないことをいえば、顔も口もこわばってしまう。

 では、「なに!!社保庁にいたって・・・。さんざん国民の金を食いものにし、定年後は大病院に天下り、よくも平気な顔で酒を飲んでいられるな」と国民の声を「代弁」すればどうなるか。

 楽しかるべき一夜の宴はたちまち白け、「よくぞ、みんなの気持ちを言ってくれた」などと称賛する人はだれもいまい。すべてがぶち壊しだ。では、どう対応すべきか。正解は相手の投げてきたボールを受け取るのでもなく、打ち返すのでもなく、パスである。

 次回は個人と組織、個人と集団の場について、いささかの卑見を述べたい。エヘン。

Posted by ewsn at 20:20

2007年10月18日

●まさか・・・

 わが居酒屋が毎年行う恒例の秋のレクリエーションが秋晴れの某日にぎにぎしく催された。目指すは昨年と同じ九重の飯田高原にある某大企業の保養所。バブル崩壊でどの企業も保養所などはリストラの対象にしたが、ここだけは社員の評判がよく、逆に会社は補助を増やしたというはなしだ。

 なぜそんな所に我々が潜りこめたのか。施設の有効利用のため、空いているときは、支配人の裁量で会社に縁故のある人なら社員以外でも泊めるのを大目にみるらしい。
 
 縁故?縁故なら大いにある。支配人が山を降りて別府にきたときは必ずこの居酒屋に顔を出す常連である。親の血を引く兄弟よりも、常連はいつも盃を交わす義兄弟のようなもの。これ以上の立派な縁故があろうか。他人様の補助が出ている施設を利用するんだから、これくらいの理屈はつけなければならない。

 さて、われわれは四,五台の車に分譲して山に向かった。

 

 私が乗ったのはAさんの運転する車。ほかに県庁を退職したDさんが同乗。Aさんは最近店に顔を見せだしたが、65歳というからリタイヤ組。年配者ばかりだから、若い人が聞けば、車中の話題は「また昔話ばかりして…」と笑うだろう。

 Aさんは少し違う。今まで仕事は何をしてきたのか。そこには絶対触れない。

 隠さねばならぬ過去があるのか。別にそんな陰のある人には見えない。まあ、いいや。こちらから根掘り葉掘り聞き出すような失礼なことをする間柄でもないのだ。

 常連としてこれからも飲んでいるうちに自然に分かってくる。いや、別に知らなくてもいいことだ。同乗のDさんもそう思ったそうだ。

 さて、その夜の宴席でのこと。酒もほどよく回ってきたとき、Aさんが盃を持って近づいてきた。「車の中で、私のしてきた仕事のことを話さず、おかしいと思われたのではないですか」。

 図星である。「ええ・・・、まあ・・・」

 「実は私も迷ったんです。話そうかどうかと・・・。しかし、どうも話しにくかった。ずっと役人生活を送ってきて・・・」

 「役人上がりは、店に来る客には多いですよ。話しにくいって、まさか社会保険庁の役人なんかじゃないでしょう」

 「そのまさかなんですよ。私は・・・」
(続きは次回に持ち越し)

Posted by ewsn at 20:20

2007年10月11日

●時にはオナラの話もいいものだ

 その本は家の中のどこかにあるはずだが、捜しても見つからないので、うろ覚えで書く。「屁」の本だ。明治の初期か中期ごろ東京の新聞に出ていた話である。

 ところは大分県の国東地方の草深い田舎。ある村で祝言を終えた花嫁が翌日、仲人のところにあいさつに行く。お礼の言葉を述べている最中に一発プーとやってしまった。真っ赤になってうつむいている花嫁に、仲人は「まあ、結構なおみやげを…」と皮肉たっぷりに応じた。

 花嫁は恥じ入って家に帰ると首をくくって自殺、悲しんだ花嫁殿も後追いし、その親たちもこれに続いた。

 それを知った仲人は私の不用意な一言が彼らをしに追いやったと自責して自殺、その一族の多くも悲しんで後追いし、あれやこれやで花嫁の一発で村はほとんど壊滅したとさ。

 その新聞には場所は国東地方とあるだけで、村の名前はない。だが、これだけの事件なら百年ちょっと前の話だから今でも語り継がれているだろうと思って、国東の人たちに聞いてみたがだれも知らない。

 この話を宮崎県で郷土史や民俗学を研究している人にしたら、同じような話が宮崎県でもあるというのだ。

 当時の大分や宮崎といえば文明開化の東京から見れば最果ての地。東京の新聞は地縁血縁の村落の運命共同体の中に生きる未開の連中の滑稽な姿を想像し、面白おかしく書き飛ばしたのかもしれない。だれもいちいち遠い現地まで来て確認したりはしない。

 あるいは、宮崎でもあったように各地にそんな話が伝っていたのを、たまたま大分の国東に場所を設定して、いかにも事実のように報じたのかもしれない。

 当時の新聞はずいぶんいい加減だった(だれだ、今でも同じじゃないかというのは)。

 ただ、この話をバカバカしい屁のような話だと切り捨ててしまうのは惜しい。

 先に書いた村落の運命共同体的規制や、また日本人の屁に対する羞恥心(西欧人は日本人ほど恥ずかしがらないとか)とか、理屈を付ければいろいろな材料が引き出せる。が、それはそれとして、屁のようなとるに足らぬものを、これだけ面白おかしくしたて、みんなを喜ばせようというサービス精神はうれしいではないか。

    ※     ※     ※     ※     ※     ※

 平賀源内といえば江戸時代のレオナルド・ダ・ビンチといわれる博学にして天才、奇人。

 その源内に「放屁論」という傑作論文がある。

 江戸の町中でオナラをあやつり、犬の遠吠えや猫のマネ、三味線の音色までやってみせ、人気を得ていた芸人がいた。

 源内がこれに感心したところ、クソマジメな武士が「オナラを芸にするなどけしからん。ふざけたマネをするな」と怒り出した。

 これに対する反論が「放屁論」である。一言でまとめて言えば、「今までだれもが見捨てていた屁のようなものでも見直し、工夫して立派な芸に育て上げた。コチコチの枠の中でしか考えることのできないものに比べればはるかに偉い」。

 まったくの独創でエレキテルという発電機を発明した源内の一面である。

 若者たちの新聞離れが言われだして久しい。人気取りに何も面白おかしくするだけが能ではないが、クソマジメなコチコチの枠をちょっと外してみれば、へーという道があるのかもしれない。
 

Posted by ewsn at 20:21

2007年10月 4日

●国連休電の日

 カナダのある都市で今年は出産ラッシュだった。先日のテレビの海外トピックスでそんなことを伝えて 
いた。 

  なぜ出産ラッシュだったのか。ちょうど十ケ月前のクリスマス前後、この地方は大雪で、市民は何日

間も家の中に閉じ込められた。夜も外に遊びに行くわけにはいかない。

 何年か前、同じようなことはニューヨークでも起こっていた。ニューヨークを大停電が襲った十ヶ月後、ニ

ューヨークの出産率は異常に上昇した。

 停電だからテレビも見られない。外に出ても娯楽はない。暗闇の中で男女が簡単に楽しめるというの

は、アレしかない。

 少子化対策のヒントにならないか。

 その少子化対策に関連して、柳沢厚生労働相が「女は産む機会」と発言して、野党に攻めあげられ大

臣のイスを棒に振った。

 「産む機械」というところだけ取り上げると、女だけを人間でなく機械にたとえることはいかにも女性軽

視のように聞こえるが、この機械は女だけで稼動するものではない。

原材料を供給したり、潤滑油を注入したりする男という機械が並列していないと製品は出てこないのだ。


 その辺のところは今は子どもだって分かっている。分からない振りをするのは揚げ足をとろうとする野

党がウーマンリブの女闘士である。


 だからといって子どもの生成過程を微にいり細を穿ってかたれば、下手をすれば政談ではなく性談、に

なってしまう。


 要するに、柳沢本人はユーモラスなたとえ話のつもりで「産む機械」になぞらえたのがお粗末な一席に

なってしまったのだ。


 「産む機械」なんかを持ち出さずに、ニューヨークの大停電の話でもして、さらりと夜は夫婦相い睦まじ

く「人づくり」にはげみましょうと訴えかけた方が聴衆にも受けたろう。

 そこで提案。新聞休刊日のように年に何回かは休電日をつくる。

もちろん、社会の安全上、全部停電というわけにはいかないから、一般家庭や夜の繁華街を真っ暗のし

て、家に帰って寝る以上にないようにする。

テレビもパソコンも使えない代わりに子どもも勉強しなくていいから大喜び。

日本人すべてがすっかり忘れていた夜の静寂を取り戻す日があってもいいではないか。

少子化だけでなく温暖化防止も役立ち一石二鳥にも三鳥にもなる。

クールビスの比ではない。

 
 やがてこれを全世界に広め、国連休電日なんていうのはどうだろうか。

Posted by ewsn at 21:03