2006年10月30日
●とにかく、笑顔で生きている今が、しんけんすき!
中年になると、自分の「死」というものを時々考えることがあります。平均寿命まで生きるとして、あと何年だから、いつまでになにをしようとか。しかし、「死」はいつやって来るかわからないので、その計画は無意味だったりしかねません。かといって、いつ死ぬかわからないんだから好き勝手やることも無責任です。ただ、言えることは、人間の死亡率は100%です。人生は「死」というゴールに向かってのカウントダウンです。そう考えると、時間がいかに貴重なものかと思います。そして、いままで無駄に過ごしてきた膨大な時間を返して欲しくもなります。でもそんなことは不可能なので、どれくらいあるかわからない、残された時間を有意義に使うことを常に考えておくべきです。「人生は、マッチのようだ。大切に扱い過ぎるのは馬鹿らしいが、いい加減に扱うと大変な目に遭う」と言ったのは芥川龍之介でしたが、その本人は、自殺をしてしまいました。見えないゴールを自分で決めたわけです。勿体無いことをしたもんです。
2006年10月26日
●記憶のためにイメージ化していたら、遠くへ行ってしまうアホさ加減が、しんけんすき!
アンチエイジングの一環で、物忘れ対策として、「忘れる以上に覚えてやれ!」を提案したワタシですが、その覚え方について欠陥がありましたのでご報告します。例えば、criticism(批判・非難)という単語を覚える場合には、その音を、「クリティシズム」とカタカナにして、小舟に乗った批判者が、「~をくりい」と言いながら沈んで行く様をイメージして、「くりい」ち、言いながら沈む=批判と、覚える訳ですが、そこまではいいとして、「そう言えば、他人の批判ばっかりしている人は、自分の立場を見ていないなあ。まるで穴の開いた小舟に乗っているようなもんだ。それなのに、批判をしている自分に同意をくりい、くりいと叫んでいるなあ。困ったもんだ。しかし、そんな人も社会には必要なんだろうなあ。そんな人の生きる喜びとは一体なんなのだろうか?批判対象のない社会の実現だろうか?でもそうなれば自分の存在意義も失われてしまうではないか…。さて、criticismってなんだっけ?つまりイメージし過ぎたらいかんのですわ。
2006年10月25日
●新島のクサヤを食う大分のおいさんの不思議顔が、しんけんすき!
昨日、新島のクサヤを七輪で焼いて頂きました。風が強かったので、ご近所からクレームもきませんでした。しかし、このクサヤほど、好き嫌いの評価がはっきりと分かれる食べ物も少ないと思います。匂いだけで、鼻を摘んで逃げ出す人もいれば、恐る恐る近付いて、そっと摘んで食べると、不思議な顔になって、それから噛み締めると、だんだんと笑顔になって、「旨い旨い」と言って、さらに手を伸ばす人もいます。だいたいこの二つに分かれます。トビウオは、まあ、おとなしい風味ですが、青ムロアジは、たまりません。鼻を突き抜けて眼に来ます。うっすら涙を漂わせながら頂きます。「誰がこげなもん、作るんかのう」と言いながら、クサヤを食べる大分のおいさんの顔がなんとも味わい深いものがありました。地産地消が基本ですが、たまには、遠い場所の食文化を楽しむのも悪くないと思いました。しかし、カボスが完全に負けるんですなあ。恐るべし新島のクサヤです。今度、スウェーデンのアレを食べてみたいなあ。
2006年10月24日
●語学は飽きる前に浮気する。そして居酒屋気分で楽しむのが、しんけんすき!
ひょんなことから知合った、イタリア系ドイツ人のL氏に、イタリア語を教えてもらうことになって、昨夜もそのレッスンがありました。お互いに酒好きなので、最初は居酒屋でやってたんですが、周りはうるさいわ、こちらも酔っ払うわで、レッスンにならないということで、飲む前に喫茶店で行うことにしました。ところが、こちらは逆に静か過ぎて、ワタシの下手糞なイタリア語発音が、笑いを誘うようでして、なかなか上手くいきません。それでも、L先生の上手な教え方で、ワタシも少しずつイタリア語が好きになって、学習が楽しくなりました。と言うものの、これからが大変です。発音はともかく、文法、それから丁寧語とタメ口、男性言葉、女性言葉などが、始まってくるからです。だいたいここらへんで挫折するそうです。挫折しないためには、楽しむ気持を維持することです。そして浮気をすることです。L先生はドイツ語も同時に教えてくれるのです。こいたいい!ワタシはお返しに彼に大分弁を居酒屋で教えるというエクスチェンジです。
2006年10月23日
●静かな日曜日。他人の邪魔にならんように過ごすモラルが、しんけんすき!
ワタシの事務所の近くには病院もあります。マンションもたくさんあります。その中には老人も大勢住んでいますし、様々な職業の人が暮しています。そんな人々が静かな日曜日を過ごしている時に、「なんとかかんとかハンターイ!」と、大音量のシュプレヒコールが始まりました。それが2時間以上続きました。ワタシは窓を閉めましたが、それでもマイクの音は大きく、仕事になりません。夜間勤務で睡眠をとっていた人も起されたでしょう。老人も、病人の耳にも届いたでしょう。その主張がいかに正しいか知りませんが、「自分達は正しいことをしてまーす」とヒステリックに叫びまくって、平和な市民生活を邪魔していることに気が付かないんでしょうか?きちんと警察に届出した上での合法的デモだと仰るんでしょうが、ワタシの近所では、「右翼よりうるさかった」「カナキリ声がたまらんかった」「病人がいるのに…」「もっと他にやることがあるんじゃないか」という声が多かったです。主義主張は自由ですが、一般市民の同意を得られるようにせんとな!
2006年10月21日
●年上の人にだってきさくな大分弁で喋れる親近感が、しんけんすき!
大分弁には、敬語、謙譲語が極めて少ないので、年上の人と喋る時は、様子を伺いながら喋らんといかんのですな。昨夜もそうでした。10歳ほど年上のおいさんに久し振りに会って、角打ちをしたんですが、最初は「はい、そうですか」「ええ、ありがとうございます」とか言ってたんですが「なんかい、寛ちゃん、よそよそしいのう」とか言われ、焼酎も進むと「そげえ言わんすな、Aさん」(※「~すな」は、臼杵弁で、希少な丁寧語です)と言い出し、ついには「もっと飲まんし」「いやあ、久し振りじゃなあ」「どげえしよったんかえ」と、タメ口になっていきました。これは、無礼なのではなくて、親しみの表現だと相手も感じてくれます。ワタシも年下の人から「どげえな?寛ちゃん」といきなり言われれば、ちょっと驚きますが、徐々に大分弁で言ってくれれば、それはとても嬉しいことです。しかしまあ、40歳を過ぎれば、みな、おいさんです。気さくな大分弁で大いにバカを言うのが、おもしりいじたまらんのじゃわ。
2006年10月20日
●頭の垂れる稲穂も、踏まれて上を向く麦穂も、どっちも、しんけんすき!
「実るほど頭の垂るる稲穂かな」日本人の美意識が集約された句だと思います。知識、経験という栄養が身に付くほどに自分の浅はかさを知り、謙虚な心で外の世界に接することによって、更なる英知を吸収し、実っていく。優れた人間ほど、このことに早くから気が付いて、謙虚に振舞っているようです。また、謙虚な人は、人に好かれます。だからそこに多くの情報が集まります。逆に高慢な人は、人が近付かず、そこに情報は集まりません。また、高慢な心で謙虚さを装うことを慇懃無礼と言いますが、これが一番、こしきい訳ですが、なかなか見抜けない。ただ、どこかに素直じゃないニュアンスが漂っています。こんな人も、見抜かれたら嫌われます。「実るほど頭の垂るる稲穂かな」この句の作者も、謙虚さを賛美する刀で、高慢を斬っていますので、高度な慇懃無礼だという見方も出来ます。しかし、作者はこう言うでしょう。「そんなつもりで詠んではいません。ありのままの自然現象を素直に描写しただけのことです」と。
2006年10月19日
●ご近所が仲良く暮す地域社会が、しんけんすき!
中国が、北朝鮮との国境に「壁」を造ったというニュース映像を見て、驚きました。理由は難民の阻止だと思いますが、ベルリンの壁崩壊以来、東西冷戦は終結しましたが、こちらでは、社会主義同士の国が「壁」を造っているんです。北朝鮮としては、兄貴分と思っていた中国からそんなことされたら、ガッカリもいいとこでしょうが、アメリカの情報によれば、核実験を複数回行うと中国だけには事前に通告していたそうです。中国も、天安門事件以来、共産主義一党支配国家でありながら、市場経済を導入し、建前とホンネを使い分けることによって、国際社会での大きな地位を掴もうとし、2008年の北京五輪に大きな花を咲かせようとしているんだと思います。そんな時に弟分がその足を引っ張るようなことをするもんだから「壁」を造ったのでしょう。万里の長城という「壁」は、今や世界中の観光名所になっていますが、今回の「壁」は、将来、なにになるんでしょうか?養老先生の「バカの壁」をもう一度読み直そう。
2006年10月18日
●音感があって、演奏も出来る人が、羨ましくて、しんけんすき!
ワタシは音痴です。音階も聴き取れないし、リズムも狂います。これは、訓練によってある程度までは改善されるんでしょうが、そこまでする意欲もありません。ところが、知合いに音楽好きが多くて、昨夜も、カナダから一時帰国した知合いと会ったら、Fiddle(フィデル)というヴァイオリンの一種を抱えているんです。なんでも、カナダの東海岸に伝わるアイリッシュ系の人たちの音楽をやってるんだそうで、話を聞くだけじゃわからんので、長浜のM酒店で弾いてもらうことにしました。4拍子に合わせて拍手をしたり、足を鳴らしたりして、3曲ほど演ってもらいました。やっぱり生音はいいもんですなあ。角打ちのおいさん達も、焼酎グラスを置いて、乗っていました。ワタシは、やっぱりリズムがおかしい。自分の音感に不信感を持つと、素直にライブが楽しめなくなるんですなあ。いやあ、困ったコンプレックスです。ヒマが出来たら、こどもピアノ教室でも行こうかなとふと思いましたが、こどもの邪魔になりそうなのでやめときます。
2006年10月17日
●忘れる以上に覚えればいいという単純な発想が、しんけんすき!
物忘れに悩み、それを予防するにはイワシの核酸がいいと聞けば、イワシの缶詰を大量に買い込んで、「あれ?なんでこげえイワシばっかり買うたんやろか?」的な生活を送っていたワタシですが、ついに最強の打開策を見つけましたのでご報告します。それは、忘れる以上に覚えることです。どうせ、穴の開いたバケツからは水(情報)が漏れます。だったら、上からどんどん水を入れればいいんです。忘れたものも、忘れなかったものも、一緒くたにして、どんどん入れるんです。つまり、なんでもかんでも知識を吸収すればいいんです。そしたら、忘れていた情報も、(忘れていたことも忘れているような)全く新しい情報として入り込むんです。それでも穴から漏れますが、そんなことは構わずに手当たり次第に覚えてしまうといった作戦です。「そげなことは、よだきい」と思うかも知れませんが、脳は甘やかすと、休みたがりますので、そのままだとボケまっしぐらです。アンチエイジングは先ず、脳から鍛えぬきましょう。と自分に言う。
2006年10月16日
●安心、安全がタダだった時代は、不便だったけど、しんけんすき!
このブログもそうですが、いろんなサイトへの導入目的で、貼り付ける投稿が多いですなあ。そのサイトへ行ってみると、スケベサイトだったり、有料サイトだったりするんで、このブログが叱られたりしかねません。ワタシの知合いも、そんな攻撃に遭って、ブログを閉じたり、HPを閉鎖したりしています。かつて、インターネットの掲示板は、「公園の便所の落書き」と言われたことがありましたが、公園の便所は誰かが掃除をしているんです。公衆電話ボックスの張り紙もそうです。最近は公衆電話が激減したので、貼る場所がなくなったので、ネット上のいろんな場所にせっせと貼り付けているんでしょうが、その労力と、時間を違う方向に使えないもんでしょうかねえ?こんなことを書くとまた、貼り付けのアラシが来るんでしょうが、マトモな利用者のためにも、粛々と書き続け、掃除をし続けなければなりません。今朝、ウィルス対策の最新版ソフトを購入しました。安全、安心には、ますますお金と時間がかかるんですなあ。
2006年10月14日
●長浜の古い酒屋に角打ちに来てくれた山下洋輔さんが、しんけんすき!
ジャズファンのみなさん、ちょっと想像してみてください。マイルス・デイビスのレコードをJBLの大型スピーカーで聴きながら、その曲の説明を、目の前で山下洋輔さんがしてくれるんです。そんなことが有り得ると思えますか?有り得たんです。昨夜、長浜のM酒店で。11時過ぎでした。「ブリック・ブロック」でのコンサート終了後にタクシーに乗って来てくれたのです。以前、サックスの坂田明さんが来た時も驚きましたが、今度は大御所の山下洋輔さんなのです。それも、酒屋に角打ちにやって来たのです。山下洋輔さんのピアノの説明は不要だと思いますが、素晴しいエッセイの数々、そして語りの面白さは、赤塚不二夫さんタモリさんなどと共に昭和の文化を創った方です。その山下洋輔さんが目の前で、角打ちしているんです。いやあ、参った。M酒店の大将も心から喜んでいました。1年半前は、駐車場にしようかと言っていた古い酒屋ですが、駐車場には山下洋輔さんは来なかったでしょう。本当に良かった。
2006年10月13日
●改めて、地産地消が、一番美味いけん、しんけんすき!
昨日、ソニックで博多に行きました。九州ファンの友人が東京から来て、たまには博多で飲もうということで、中洲~西通りを何軒かハシゴしました。彼とは10年来の飲み友達で、昔はキレイなお姉さんのいるお店などに通ってましたが、今では、地酒と美味いものを出す小料理屋が好きになって、そこの大将と、酒や肴の話をするのが楽しいです。いい歳になったちゅうことでしょうなあ。東京の友人は、九州の食材の素晴しさを褒めてくれます。そして、それを活かした料理を出す店を探し出しては、喜びます。そして結論は、自転車で一日に回れる範囲内のものを食べるのが、一番。つまり、「地産地消」です。こんな当たり前のことに気が付くまでに、なんて遠回りをしてきたんだろうと、しみじみ語り合いました。今、九州のものを東京で食べることも出来ますが、やはり、九州のものは九州で食べた方が美味い。それが旅をする楽しみでもあるしまた、コトバもそうだと思いました。博多で聴く博多弁がいいし、大分は大分弁がいい。
2006年10月12日
●オオカミが来たぞーと言われれば、やっぱり起きてしまう、気弱な日本人が、しんけんすき!
今になって、北朝鮮の地下核実験は捏造だったかも知れないという報道が流れた。あれだけ世界中を騒がせておいて、「な~んちゃって。ウソだよ~ん」とでも言うのだろうか?だとしたら、たいしたものである。そう言えば以前にも、ミサイル発射実験をした後で「人工衛星の打上げに成功した」と言っていたお国である。このウソはすぐにバレた。そんなもの、どこを探しても飛んでないからだ。そして、ニセ遺骨。さらに、ニセ札や、ニセあさりときりがない。今回、日本が輸入禁止にしたが、松茸も韓国や中国経由でやって来るだろう。日本の中古自転車もその逆のルートで今まで通りに輸出されるだろう。しかも、なにか問題が起これば「核兵器を持っている(かも知れない)」という威圧感を与えてくる。そんな国がすぐ近くにあるという現実感を、なかなか持てないのは、なしか!あまりにも荒唐無稽なその発想についていけないというのが大多数ではないだろうか。腹を割って現実的な話し合いが出来ないもんですかねえ。無理?
2006年10月11日
●健康で、カネとヒマのヤリクリ上手が、しんけんすき!
「貧乏、ヒマ無し」の反対は、「金持、ヒマ有り」で、それは夢のような生活なんだろうと思います。第一、お金のために働く必要がないから、自分の好きなことが出来る。しかもヒマがあるから、、いつでも気分次第で好きなことが好きなだけしてもいいし、しなくてもいい。そんな「金持ち、ヒマ有り」生活までもじゃないけど。少しでもそれに近付くために、アクセク働いて、コツコツ貯金なんかしていたら、歳を取ってしまい、人生の残り時間がなくなってしまう。これじゃあ、人生面白くない。いつ死ぬかわからないんだから、楽しめるうちに楽しんでおこうと思ったら、お金がなくなって、老後が不安になる。そこんとこの、さじ加減が難しいんだけど、先ず、健康であれば、それだけで幸せなことだから、後は自分なりの楽しみに費やすお金とヒマをヤリクリしながら、人様に喜んで貰えるような仕事も出来ればそれに勝る幸せはないのではないかと思う訳です。団塊の世代の方々の定年後の生活スタイルをじっくり観察したいと思います。
2006年10月10日
●困った時は、「お願いします」と頭を下げる態度が、しんけんすき!
とうとう北朝鮮が核兵器保有国になった訳で、我が国は、核ミサイルの射程範囲内で暮さなければならなくなりました。平壌宣言も反故にされ、6ヵ国協議も台無し。議長国の中国も、なんの連絡もなかったロシアも怒っておりますし、国連も非難決議を出すでしょうが、これらすべてを想定した上で決行した北朝鮮の目的はなんなのでしょうか?建前では、「地上の楽園」の平和を脅かす悪い国アメリカから我が国土を防衛する手段と言いたいのでしょうが、ホンネでは、もう苦しいんじゃ。頼むけん経済制裁やめちくりい。やめんとなにするかわからんど、コンヤター!といった感じではないでしょうか。そんな北朝鮮の叫びが今、世界中に轟いています。轟いたけど、これといった対抗手段がないので、このままだと思います。このままだとますます経済がヤバくなります。そこで民主化、統一の道しかないと気が付いてくれればいいのです。それこそが「地上の楽園」への道だと安倍さんが行って説明してくれればいいんですがねえ。
2006年10月07日
●飲んだら、公共交通機関利用でエコ帰宅が、しんけんすき!
昨夜、「虹色おいさん立寄処」のひとつで、賀来のWという居酒屋に行きました。行きは、トキハ本店前からバスに乗りました。車窓から、中秋の名月が見えました。夕方のラッシュ時でしたが、バスレーンということで、思ったより早く着きました。帰りは、JRが便利と、地元の方に聞いて、賀来駅から黄色い電車に乗りました。貸切状態でした。これは、バスよりも早く、あっと言う間に大分駅に到着しました。このように、郊外のお店に飲みに行く時は、公共交通機関の利用が、便利で安くて安全だということを改めて知らされました。タクシーで往復したと思えば、府内町でもう1軒寄って飲めるんですな。安い店なら、2~3軒はハシゴできますな。大分は車社会と言いますが、飲んだら乗るな!乗るなら公共交通機関と思いました。できれば、もう少し遅くまで電車やバスが走っていれば、もっといいのになと思っている酒好きのおいさんも多いと思います。帰る方向が一緒なら、タクシーの相乗りもまた、いいのかも知れませんな。
2006年10月06日
●総理になったんは、巡りあわせというトンちゃんが、しんけんすき!
昨日、OABの「大分ふるさとCM大賞」の番組収録で、村山元総理とご一緒させて頂きました。収録の合間にいろんなお話を聞かせてもらいました。ここでは発表しかねるような政治の話も出ましたが、それよりも、82歳というお歳で、あの元気はどこから来るんだろうと、そればかり考えていました。「80を過ぎた当りから、あと何年生きるんじゃろか?ち考ゆるようになったわあ。70代ん頃は、いっこんそげなこつ考えんかったに」と仰います。また、晩酌も楽しまれているようです。「うちのが飲むけん、そげえ飲むなちゅうて、ワシが飲んじゃるんや」と、まるで、なしかネタのようなことをワタシに話してくれます。政治の話の時とはまったく違う表情です。やっぱり村山さんは、近所の元気のいい爺ちゃんだと思いました。「人生は、巡りあわせ。たまたま総理になっただけ」とも言ってくれました。今、「村山談話」が改めて取り上げられていますが、トンちゃんの「清貧の思想」も、今後見直される日が来ると思います。
2006年10月05日
●美しい日本のサッカーを創造すんのが、しんけんすき!
昨夜、ガーナミルクチョコレートを食べながら、サッカー、日本対ガーナをテレビ観戦しました。「身体能力の違い」という言葉が何度も出てきましたが、「それを言っちゃあおしめーよ!」と思いました。確かにガーナ選手は、脚が高く上がるし、ジャンプ力も強い。それも個性なら、細かいパス回しで、相手を翻弄するのも個性。そんな個性の違いがあるから、特に国際試合は面白いと思うんだけどなあ。サッカーの神様ペレは「いづれサッカーは、アフリカが支配する」と言ったけど、2010年WC南アフリカ大会までにアフリカ勢は、更に強力になっているんでしょうなあ。じゃけんこそ、日本は、南米型とかヨーロッパ型とか言うちょらんで、日本型のサッカーを創造せないけん。それをサムライとか言うけんど、その精神性だけじゃねえで、書道、茶道、華道、懐石料理などの和の心で、ワビサビのあるサッカーをしてもらいたい。それこそが、「美しい日本のサッカー」として世界に誇れるんではないでしょうか? …でも勝たんとなあ…。
2006年10月04日
●地産地消の笑顔の循環の参加者が、しんけんすき!
ご近所の食堂と美容室に本を納品し、食堂ではオムライスを食べ、美容室ではカットをしてもらいました。
まるで物々交換です。そこでわずかでも残りが出たら、酒屋で角打ちをしたりして、お金は循環していくんだなあと思いました。このように庶民の間では「金は天下の回り物」のようですが、一部でセレブと言うんですか?勝ち組ですか?そんな人達が、なしか、ガッチリ貯め込んでいるようですなあ。生涯賃金が2億円ということですが、個人資産、数十億とか、数百億とかいう大金持ちが居るんだそうです。「その金を回せ~!」と言う叫び声が聴こえます。タクシーの運転手さんも、居酒屋の大将も、みんな「景気がわりい、わりい」と言っています。格差社会はますます広がっていると感じます。このような状況下で、地産地消の生活を愉快にやって行ければ、それが心の資産なのではないかと考えます。マネーゲームや、マネーロンダリングとは縁のない、清貧の暮しを笑顔で出来る人々こそが、真の「勝ち組」ではないでしょうか?
2006年10月03日
●『継続は、やっちから』しかも楽しみながらが、しんけんすき!
昨夜は、「虹色おいさん⑥藍の巻」の、協力店納品ツアーでした。納品して販売のお願いをして、そこで飲んだり食べたりするもんだから、費用対効果のバランスは悪いんですが、これをやるとやらないのとでは、総合的に売上げが違ってくるとワタシは思うんです。「飲みに行ったら、変な本があった。それを書いた変なおいさんもいた。まいっか」と買ってくださるお父さんもいます。また中には、かなり読み込んでくれて、黄田サブちゃんのマネとか、河童の笑い方のマネとかをやってくれる方もいましたし、今後の展開予想を熱く語ってくれる方もいました。「おれは、本は好かん」と言う方も、「虹色おいさん焼酎」は買ってくれて、「ビンにサインしちょくれ」とか言ってくれます。このような、地方都市ならではの企画モノが、このご時勢で成功するかどうかは難しい所ですが、やっぱり、やるとやらないのとでは、違うんです。やらされるんであれば、よだきいコトですが、楽しみながらやれば、それはいい結果に繋がると思う訳であります。
2006年10月02日
●鋭く、厳しく、のどかで、優しい読者の声が、しんけんすき!
昨日、トキハ本店6階の書籍コーナーで、「虹色おいさん⑥藍の巻」の発売記念サイン会をさせていただきました。6回目ともなると、読者の方とも顔見知りになれて、きさくな雰囲気になってきました。特に昨日は、日曜日でご家族連れのお客さんも多く、こども達とも話すことが出来ました。小学5年生の少年は、「赤の巻から全部、読み直してみたけどな、ナナちゃんの活躍がねえなあ」という鋭いツッコミをしてくれますし、女子中学生は「サブちゃんと恵子さんは上手くいかんのやろ?」と、これまた厳しい質問ししてくれます。しかし、おいさんは「あーん、滝尾ん居酒屋『虹』ちゃ、どきあんのな?」と本気な顔で、のどかな質問をしてくれます。そして、Mちゃん(87歳女性)は、「健一君や光君のような純粋な気持を、大人になっても持ち続けんといけんねえ」と優しい笑顔で言ってくれました。このような読者のみなさんの声が、ワタシに書くエネルギーを与えてくれるんです。本日は、「虹色おいさん⑦紫の巻」の原稿提出日です。
