2006年12月31日

●帰省してきた同級生とバカを言いながら酒を酌み交わすのが、しんけんすき!

東京都新島で働いている同級生が帰ってきました。いつも「くさや」や「伊勢海老」などを送ってくれて、それを長浜のM酒店で焼いてみんなで食っていると話をしてたんで、そこに行きたいと言うから、連れて行ったら、大喜び。、店のお母さんも、とり天を作ってくれて、それを食べてまた大喜びでした。それから、中央町~都町と流れたんですが、さすがに30日ともなると閉めている店が多い。これでは帰省客がかわいそうだと思いました。べつに飲みに帰ってくる訳ではないんだけど…。それでも、毎年帰省するのは、一緒に飲める友達が居るからで、何年経ってもそれが楽しいらしい。親は亡くなり、実家がなくなっても、故郷はやっぱり故郷で、懐かしい風景や、懐かしい味、そして懐かしい言葉に囲まれると、幸せな気分になるそうです。大分県から遠く離れて暮すということは、そんなことなんだろうなあと思いました。「大分で仕事がある人間は幸せだ」と言う彼の言葉が、だんだんと染みてきた夜でした。

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2006年12月29日

●JRに乗って飲みに行く小さな旅が、しんけんすき!

昨夜は、賀来のWという小さな居酒屋で、忘年会がありました。大分駅から久大本線に乗って行きました。JRに乗って飲みに行くのは、別府や杵築、臼杵などの日豊本線が多かったんですが、久大本線もまた、なかなかいいもんです。片道220円です。車のラッシュを横目に、かなりのスピードで走ります。通勤、通学の「足」なんでしょうが、中には、一杯ひっかけてきたんでしょう赤い顔をしたおいさんもチラホラおります。これから賀来に飲みに行くという客は少ないだろうと思っていたら、同じ忘年会に向かうM氏が乗っていました。M氏は仕事が中津だから、大分駅で乗換えたんだそうです。そう言えば、この線は、春の「なしか祭り」の時に、焼酎を飲みながらワイワイ言って「恵良駅」まで行ったんでした。来年もまた車窓からの桜を眺めながら乗る予定です。電車に乗って飲みに行くという行動が、こんなに楽しいことだとは思いませんでした。そうです。お酒を飲むんだったら、公共交通機関の利用が一番ですな!

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2006年12月28日

●セーノ!っと、暴れ始める大分の中年制作集団が、しんけんすき!

昨夜、広告制作者の忘年会が都町でありました。カメラマン、デザイナー、ライターなどが久し振りに顔を揃えました。(昔はよくやってたんですが)しかし、コピーライターがワタシ一人だけというのはちょっと寂しい思いがしました。このご時勢で、広告業界は大変なんです。でもみんな、いい年齢になってきて、昔話などを笑顔でしていました。このメンバーを集めてくれたのは、M崎K恵兄さんです。例年の3月に発行される、オトナのための雑誌「セーノ!」の外部スタッフの顔合わせだった訳です。ワタシはその中で短編小説を書かせていただくんです。40~50歳代のクリエーターで作るので、きっと、おいさん、おばさんらしい味わいのある雑誌になると思います。それにしても、中年ばかりのパーティーの中に居ると、自分が中年だってことを忘れてしまうのは、なしか!「これからが面白い、大分の大人の情報源」というコピーの雑誌、「セーノ!」が、大分のこれからを、どうにかしてくれることを期待して協力させていただきますよ。

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2006年12月27日

●スイスイスーダラダッタの人生が、しんけんすき!

小学生の頃、「意地悪は楽しいね」と歌いながら、イタズラをしていました。「イジワル」と「イタズラ」の区別がつかなかったんでしょうか?先日、青島幸男さんが亡くなりました。放送作家で、タレントで、直木賞作家で、作詞家で、国会議員で、都知事で、なにより、江戸っ子でした。大分の少年がテレビの中の東京に憧れ、その東京に住む象徴が、青島さんでした。石原裕次郎さんのようにカッコよくはないんだけど、そのシャレたタレント(才能)に、憧れたものです。昭和の高度成長期を支えたマジメで働き者のお父さん達に、「軽く」て「無責任」で「いい加減」な面白さを伝えてくれた「シャボン玉ホリデー」や、クレージーキャッツの「スーダラ節」などは、歴史に残る名作です。しかし、残念なのは、政治の世界に入ってしまったことです。政治をやってなければ、もっと面白い本が書けただろうと悔やまれてなりません。と言うと青島さんは、「わかっちゃ、いるけどやめられね~」と言うんでしょうねえ。わかっちゃいるけど…。

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2006年12月26日

●戦争を両者の視線から描いた、クリント・イーストウッド監督が、しんけんすき!

クリント・イーストウッド監督作品「父親達の星条旗」の二部作「硫黄島からの手紙」を昨日、観ました。一部の、米軍側からの硫黄島への上陸の視線とは逆で、迎え撃つ側からの視線で描かれている訳です。
この二つの映画を観ることによって、戦争がより現実的に感じられました。また、兵士にもいろんな個性があって、自分ならどうしていただろうと考えさせられました。只今上映中なので内容は多く語れませんが、つい60年前に、こんなことが起きていたという事実をもう一度認識して、今の平和の尊さを理解しなければと思いました。そして、捕虜になるくらいなら玉砕するという発想も、現在の、年間3万人の自殺問題と併せて考えると、社会情勢がいかに変化しても、日本人の精神性は変わらないんだと思います。アメリカから与えられた憲法と民主主義の中で生きてきた私たちは、これからどうなるんでしょうか?平和で誇り高い文化国家を、戦争で命を落とした彼らに見せることができるんでしょうか?

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2006年12月25日

●ディープインパクトのあるチュートリアルの漫才が、しんけんすき!

昨日の有馬記念のディープインパクト、さすがでした。その夜に、お笑いのレース「M1グランプリ」も開かれ、チュートリアルが圧勝でした。決勝に残った、フットボールアワー、麒麟もかなりの笑いを取ったんですが、追いつけませんでした。チュートリアルが、まさに、ディープインパクトだったんです。準決勝のネタは、新しい冷蔵庫を買ったという相方に、異常に羨ましがるという設定でした。「なにを冷そうと思うてんねん?」としつこく聞きたがる狂気迫る演技に参りました。そして決勝は、自転車のチリンチリン(ベル)を盗まれたという相方に同情し、「お前の気持、わかる」と言って、過去に同じ被害に遭って、自分がどれほど落ち込んだかという話を盛り上げます。両ネタ共に日常の些細な出来事なんですが、それを極度に喜んだり悲しんだりすることによって、感情の起伏の少なくなった現代社会にメッセージを伝えています。ただ笑うだけでないチュートリアルの世界に、現代文学のディープインパクトを感じました。

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2006年12月23日

●いい加減なアドリブ人生でいろいろしでかすのが、しんけんすき!

「基本がなってない」という言葉を聞く度に、自分のことを言われているような気がしてなりません。昨夜も、角打ち仲間とワイワイ言いながら、ブイヤベース風海鮮料理を作って食べたんですが、「サフランもニンニクも使わずに何がブイヤベースじゃ!」と専門の方に叱られそうです。「だから”風”って言ってるじゃないですか」と口答えすると、「基本がなってない!」と言い捨てられそうですが、「美味しかったんやけん、いいんだもーん」と開き直りたいのであります。このように、あやふやな知識のままで、大それたことをしでかすのが大好きなワタシは、「偶然の産物教」の信者なのであります。と言うか、いい加減なアドリブ人生が楽しくてやめられませんのですな。絵画にしたって、そうです。基本なんか学んだ経験もないのに、好き勝手に毎週描いては、人様にプレゼントしています。「基本がなくても、ワタシの絵を喜んでくれる人が居るから、いいんだもーん」なのであります。50歳も近くなると人間、こんな風になるんですなあ。

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2006年12月22日

●絵で飲み食いができる静かな男が、しんけんすき!

小さな小料理屋で、黙って飲んで、少し食べて、その店にふさわしいテーマの絵をサラサラっと、描いて、女将に喜ばれて、「お代はいただきません」なんて言われて、「ご馳走さま」と頭を下げて、夜の街に消えていく。そんな男に憧れます。しかし、ここで問題なのは、その絵が、本当にテーマに合っているかどうか。次に、その絵を女将が心から喜ぶかどうか。そして、飲み過ぎず、食べ過ぎず、喋り過ぎずで、さりげなく描けるかどうか。以上の点をクリアして初めて、「お代はいただきません」と言われるんであって、そうじゃなければ、無銭飲食の罪に問われます。ワタシのような、絵の素人でありながら、人様に絵を見ていただいている厚かましい人間は、飲食代を払った上で、絵を描かせていただいて、もし気に入れば受取っていただいて、それで幸せと思わねばなりません。それをお店に飾ってもらおうなんて、恐れ多いことです。とか言いながら、飾ってくれたかなあ?なんて思ってまた飲みに行ったりなんかしている生活です。

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2006年12月21日

●観客を心配させ、考えさせるボクシングが、しんけんすき!

昨夜の亀田の試合は、あんまり面白くなかった。観客も少なかったし、たぶん、視聴率も以前ほど取れなかっただろうと思います。前が前だっただけに、なにがなんでも勝ってやろうと、ランダエタに打たせないアウトボクシングに徹して、途中で挑発パフォーマンスも見せたが、手数が少なかった。このようなスタイルのボクシングなら、亀田興毅じゃなくてもいい。それでも勝ったから、朝からテレビ局まわり。なんだかそんな亀田がかわそうに思えてきました。他の力によって戦わされている二十歳の青年が、リングの上だけが自分であって、その孤独を理解しているのは、対戦相手だけ。ボクシングとはそんなスポーツなのかも知れません。やったこともない素人が好き勝手言うなという意見もありますが、プロスポーツは素人のお客さんにファイトを見せてギャラをもらうものだから、素人を納得させるのも仕事なのではないでしょうか?とまあ、いろいろ考えさせられる試合でした。その意味では、結果、面白かったとも言える訳です。

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2006年12月20日

●大分~イタリアを往復する頭脳が、しんけんすき!

今朝、イタリア語の先生から「良く着いたよ。フライトが良かった」というメールが、ミラノ国際空港から届きました。フライト前の関西国際空港からも「よだきいは、どんな意味?」というメールが来ていました。こんな時代になったんですなあ。今頃は彼の家で家族に大分の土産話をしていることと思います。「なしかの本」を見て、「日本人は、みんなこんな暮しをしているのか?」とお父さんに言われ「いや、これは昭和という時代のノスタルジアなんだよ」と説明している様子が浮かびます。これが中世ならば、彼はまるでマルコ・ポーロで、「黄金の国ジパングに、豊後という国があって、そこの人々は、誰もが焼酎にカボスを入れて飲んでいるんだ」とか言っていたんだろうなあと思いを馳せましたが、現在では、「またメールで、イタリア語の宿題を出すけん」と伝えてきます。彼は日本に居る時は日本語で考え、イタリアに戻ったら一週間ぐらいでイタリア語の頭に戻るそうです。そのスピード感においさんは「良く着いて」いけませんのですわ。

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2006年12月19日

●仕事が速くなった分、ヒマになって、ほろ酔い気分が、しんけんすき!

年末は、正月用の広告の持込みが通常よりも早いので、広告業界は大変です。と言っても以前に比べればかなり少なくなりました。アナログで制作していた頃は、取材して、原稿用紙にコピーを書いて、それをデザイナーが文字指定をして、写植屋さんに持って行って、打ってもらって、それを切り張りして、写真やイラストなども貼って、校正して、新聞社に持ち込んでいました。テレビやラジオCMなどもアナログ時代は手間隙かかりました。それが、デジタルになって、メールでのやり取りも出来るようになると、グンとスピードアップしましたが、その分、人員も減って、広告出向量も減ってしまいました。新聞を読まない。テレビを見ないという人も増えているようです。その分、インターネットの世界が広がり、ネットの中でいろんなことが繰り広げられています。かつてホリエモンが言っていたことはまんざら嘘じゃなかったような時代になりつつあるようですが、静かで穏やかな正月をほろ酔い気分で迎えたいのは昔と一緒です。

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2006年12月18日

●枯れ木も山の賑わいの、おいさんの髪の毛が、今んとこ、しんけんすき!

ワタシの髪の毛は昔から、白髪や赤髪が多くて、若い頃から黒く染めて貰っていましたが、美容師さんに、「真っ黒にするより、少し明るめにした方がいいですよ」と言われ、ダークブラウンにしているんです。それでも、白髪率がアップしてきたせいか、白髪にダークブラウンを染めると、思った以上に明るくなるんですな。そんで、ちょうど今頃の高崎山のように、緑の濃い部分と、紅葉の部分が入れ混じったような具合になっておるんです。その上に、また髪が伸びると、生え際の白髪が、雪のようになって、鶴見山のようでもあります。枯れ木も山の賑わいと申しますが、この中途半端な年頃のおいさんの髪の毛はどうしたもんでしょうねえ。いっそ、全部銀髪に染めてみようかとも考えましたが、「寛さん、あんた急に老けたなあ」と言われるのがオチだから、しばらくはこのまま、騙し騙しやっていこうと考えています。但し、髭だけは染めることが出来ないので、ナチョラルであります。

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2006年12月16日

●着物美人がお酒を飲む姿が、しんけんすき!

昨夜、角打ちの流れで、気象台の予報官F氏と近所の居酒屋で飲んでいたら、着物美人がふらりと現れました。いつものはカジュアルな洋服の彼女が、踊りのお稽古の帰りだとかで、品のいい着物で熱燗を飲んでいる姿は、じつに様になっていました。これにはF氏もワタシも無条件降伏で、どうぞどうぞと、こあがりにエスコートしていたら、イタリア語の先生もやって来て「Che Bello!」(=すごい!)と喜んでおりました。日本女性の着物姿って、なんて絵になるんでしょうねえ。とりわけ、襟のラインは最高だと思います。チャイナ服やアオザイもいいですが、やっぱり着物がNo1だと思います。着物美人が側に居るだけで、場の雰囲気が和やかになるし、お酒が美味しくなるし、食も進みます。考えてみれば、江戸時代はこれが当り前だったんだと思いました。いやあ、ただのスケベおいさんのデレデレ話なんですが、いい物は誰がなんと言おうといい!しかし、男の着物姿って、似合う人が少なくなりましたなあ。

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2006年12月15日

●忘れ物をしたことも忘れて平気なおいさんが、しんけんすき!

ワタシは昔から、忘れ物が多い。電車に帽子、タクシーに手帳。居酒屋に傘、財布。そして昨夜は携帯電話を忘れました。居酒屋だから、店の開く夕方まで待たないといけないのかなあと思っていたら、ご主人の名刺を貰っていたことを思い出して、電話をかけたら、まだ寝ているようで留守電になっている。こんな時に限って、仕事の電話とかが入っているんだろうなあ。最近は固定電話より携帯にかかってくる割合の方が多いから。以前も、都町のスナックに筆箱を忘れて大慌てしたことがあります。その中にメモリースティックが入っていて、重要なデータを保存していたからです。そもそも、なんで忘れるかが自分でも不思議です。脳のどこか大切な回路が切れたり繋がったりしているんでしょうな。これを修復するソフトはないものでしょうか?しかし、忘れ物をしたことがないという人も少ないと思います。多いか少ないかの問題です。また、忘れ物をしたことも忘れる人なら、数人知っています。彼らよりはまだマシかも…。

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2006年12月14日

●風邪菌を追い出す自営業者の免疫力が、しんけんすき!

昨夜、寝る前にちょっと熱っぽくて、鼻水も出たので、風邪を引いたかな?と思ったんですが、今朝はいつも通りスッキリしていました。風邪はかれこれ15年ほど引いてません。たぶん、感染はしていると思うんですが、免疫力が強い体質なんでしょう。見知らぬ菌が入って来たら、「なんかお前、どこんモンかコラ」「挨拶もねえで勝手に入っちくんなコンヤター」と、ガラの悪い田舎の悪がきのようなのがワタシの体内にいっぱいいて、ウィルスを追い出すんだと思います。免疫力が強くなったのは、フリーになってからです。会社勤めをしていた頃はよく風邪を引いていました。心のどこかで「風邪を引いて休みたいな」と思っていたからかも知れません。ところがフリーになるとそんな甘えは許されないのです。自営業者にとっての風邪は死活問題なのです。そう思っているから、免疫力が飛躍的に向上したんだと思います。かっこよく言えば、やりたい仕事があれば、その気迫が病を追い出すと信じておるんです。あははは。

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2006年12月13日

●新島からの贈り物で、おいさん達が怒ったり喜んだりするのが、しんけんすき!

昨日、東京都新島で働いている同級生から、クサヤが送られて来ました。いつものように近所のM酒店に持って行って、七輪で焼いて食べたのですが、クサヤに慣れていない大分の角打ちおいさん連中は、その焼ける臭いに、驚いたり、涙を流したり、怒ったり、黙り込んだりと様々な反応でした。しかし、いったん口に入れると「なんか、うめえやねえか!」と言って、また大騒ぎ。いつもはムロアジやトビウオなんですが、今回は、鮫とウツボがやって来ました。鮫は臭いも味も激しく、ウツボは淡白で上品でした。前回、店先でクサヤを焼いていたら、側に停めていた自転車が臭くなったと持ち主が笑いながら怒っていましたので、今回は、自転車のない場所で焼きました。暖冬のせいで外でも寒くないのはいいんですが、通行人が必ず、振り向いて「!?」という顔をして、近所の猫も興奮して走り回るんです。そこで新島の友人に電話をすると「そうかそうか」と満足そうでした。いい時代になったもんだと店の大将も喜んでくれました。

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2006年12月12日

●貧しかった時代の正月が、誰がなんと言おうと、しんけんすき!

「年々、正月らしさがなくなる」という言葉をよく耳にします。確かに我々がこどもの頃は、正月が楽しみでしょうがなかった。「も~い~くつ寝ると~お正月~」と本気で指折り数えて待っていた。お年玉ももらえるし、御馳走も食べられるし、コマを回して遊べるしで、極楽の世界だと思っていた。当時の大人達も、キレイな着物で初詣に行ったり、新年の挨拶回りなどをキチンとしていた。漫画本も正月特大号は付録もいっぱいあって豪華だったし、テレビ番組も華やかで楽しかった。ところが、いつの頃からか、その楽しさにかげりが出てきて、正月が寂しい感じになってきました。これは、いろんな原因があるんでしょうが、正月以外の日々が、豊かになって、毎日が正月気分の生活になったからではないでしょうか。餅も年中食えるし、テレビも毎日お笑い番組やってるし、という訳で、貧しい時代だからこその、ありがたい正月だったと思えるわけです。年中正月のようなのんべんだらりんとした現在が極楽かどうかは別にして。

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2006年12月11日

●日本画の世界を広げている千住博が、しんけんすき!

昨夜、NHKーBSで、千住博が、ニューヨークのアトリエで「ウォーターホール(滝)」を描く姿が紹介されていました。エアブラシや園芸用スプレーなどを多用するその姿からは、日本画とは思えませんでした。しかし、日本画と洋画の境といったものは、もうなくなってしまっているんだとも感じました。どんな絵具を使おうが、それはもう問題ではないようです。さて、現在、世界的に注目されている千住博の絵ですが、その代表作「ウォーターホール」シリーズは、やや斜めに立てたキャンバスに白い絵具を上から垂らして、水の落下を表しています。描くというよりも、滝を作っているようです。それにエアブラシで飛沫を吹き付けます。筆はほとんど使いません。本人も「この描き方は、経験則が生かせない」と言ってます。つまり、偶然の「流れ」を期待してそれに近付こうとしている訳です。その精神世界は、陶芸の世界にも通じるものがあると思いました。どんな道具を使おうが、結局は精神の表現なんですなあ。

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2006年12月09日

●ボランティアも、リサイクルも、当り前やった時代が、しんけんすき!

昨日、日出町の中央公民館で開かれた、地域通貨のパネルディスカッションに参加させていただきました。別府の地域通貨は「泉都(セント)」で、ボランティア活動等をすると、「泉都」が貰え、それで温泉に入ったり、ヒートデビルズのプロバスケットボールの試合が観戦できたりというもので、徐々に浸透しつつあるそうですが、お隣の日出町では、「カレイ」で、これもボランティアや、ご近所の助け合い活動によって、そのお礼に「カレイ」を渡し、商店街での割引や、レジャー施設の入場料などに使えるという地域循環型の通貨になっています。また、リサイクルなどの環境運動にもこの通貨が活躍しそうな可能性もあります。しかし、考えてみれば、我々日本人は昔から、近所の助け合いや、リサイクル活動などを「当り前」としてやってきた民族なのです。それが社会システムの変化によって希薄化してしまったので、このような運動が必要になってきたのかも知れません。ま、隗より始めよ。ちゅうこっちゃな!

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2006年12月08日

●雨の日に傘を差して歩く地方都市が、しんけんすき!

雨の日に、傘をさして街を歩くのは、なんだかいい気分です。しかもウォークマンでお気に入りの曲を聴きながらだから、映画のワンシーンでも観ているかのようです。田舎もいいけど街もまたいい。その両方がある地方都市がやっぱり一番いいと思います。郵便局から合同新聞へ。それから府内5番街を歩けば、何人かの知合いに会って、挨拶を交わし、トキハへ。入口で傘をビニール袋に入れて、エスカレーターに乗る。打合せを済ませて、4階からトキハ会館への連絡通路から見る通りがまたいい。会館でランチを食べて、外に出てまた傘をさす。府内5番街から遊歩公園へ。県庁を横目に長浜へ。神社を回って事務所に戻るまでに、近所のおいさん、おばさんから声を掛けられる。それから数時間後、また傘をさして、いつもの酒屋へ角打ちに行く。長浜には、酒屋、八百屋、花屋、床屋といった○○屋さんが多く、昭和の下町の風情があって、歩くのにいい町です。という訳で新しいウォーキングシューズが活躍しています。

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2006年12月07日

●チェスでコンピュータと闘う人間が、なんとも、しんけんすき!

チェスは、サッカーに次ぐ人気「スポーツ」らしい。スポーツかどうかの問題は別にして、そのチェスのチャンピオンが、コンピュータには勝たないのが腑に落ちないのです。コンピュータは人間が作り出したものだから、勝たんといけんでしょう!というのは人間のうぬぼれで、コンピュータの方は、勝っても嬉しくもなく、負けても悲しくもないんだから、どーだっていいんでしょう。そんな非人間的なモノ相手に勝つ方法はないもんでしょうかねえ?途中で電源抜くとか。いや、それなら、コンピュータ対コンピュータでチェスをやらせれば、どうなるんでしょうか?お互いの情報を読みあっているから、勝負はつかないのかなあ?チェスというゲームの法則の限界まで行って、ルールを勝手に改正するかも知れない。困ったもんですな。そんなコンピュータの個性を責めていけば、勝てるかも知れない。それでもし、勝ってもその方法がプログラムされるから次にはやられる訳ですな。なんというか、かわいくない訳です。

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2006年12月06日

●たまに観る静かな日本映画が、しんけんすき!

昨日、パークプレイスの映画館で「武士の一分」を観ました。藤沢周平の短編「盲目剣谺返し」を見事に映画に仕上げた山田洋次監督の力技だと感じました。木村拓哉の殺陣は剣道をやっているだけあって見事でした。妻役の壇れいも美しくいい演技でした。また、徳平役の笹野高史がいい味を出して流れを作っていました。静かな映画なのですが、邦楽器を中心にした冨田勲の音楽も緊張感がありました。なんと言ってもキムタクが主演なので、観客は若い女性がいっぱいなのかなあと思っていたんですが、ワタシを含め、中年のおいさん、おばさんがほとんどでした。こんな映画こそ、若い人達に観て貰いたいと山田洋次監督は思ったのではないかなあ。サムライがいなくなった現代の日本人のアイデンティティを模索しているようにも感じましたし、なぜかマカロニウエスタンのような雰囲気も感じました。さらに、心のこもった質素ながらも美味しい和食を頂いたような満足感が漂いました。映画ってホントにいいもんですなあ。

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2006年12月05日

●そろそろ別れを告げなければならない「昭和」が、まだまだ、しんけんすき!

昨日、別府北浜の「グリルみつば」でランチを食べながら考えたんですが、「昭和」が、いよいよ「昭和時代」と呼ばれるようになりつつあるなあと。つまり、「明治時代」や「大正時代」と同じように、過去のある時代を指すようになったようだとふと感じた訳です。昭和の風情を残すことも大切だけど、それはあくまでも「風情」であって、「そのもの」ではない。懐古趣味的なものになりつつあるとも言えます。とても悲しいことだけど、そろそろ「昭和」にさようならを言わなければならないのかも知れません。それでは現在の、「平成」を愛して生きているのかと言われれば、生きているのは確かだけど、愛しているとはまだ言えません。戦争のない時代はそれだけで素晴しいんだけど、それだけで、個性が薄味のような気がしてなりません。ワタシもあと何年生きるかわかりませんが、死ぬ前に思い出すのは、やっぱり「昭和」だろうと今はそう思います。「平成」に個性を持たせるには、何が必要なんでしょうか?

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2006年12月04日

●真冬にハダシでTシャツで、なんか食っているデブの笑顔が、しんけんすき!

やっと、昨日から冬らしい気温になってきましたね。と言っても、ワタシはハダシですが。寒さに強いのではなくて、寒さに慣れるようにしてきたのです。脂肪をたっぷり付けているのも、その一環です。そんで、歩いたり、自転車に乗ったりして、その脂肪を燃やすことであったまるんです。すると、うっすら汗をかいて、冬の気温が心地好いんです。ところが夏場はたまりません。日本の動物園に居る白熊のように、ぐったりとしています。たまに氷の塊なんかを与えられると、それにほおずりなんかしています。つまり、デブは冬が好きだということを言いたい訳です。寒い夜に、寄せ鍋などを食っているデブはたいてい笑顔で、汗をかいています。上着を脱ぐと、Tシャツです。胸と脇に汗をかいています。焼酎はロックです。いくら食べても満腹になりません。そもそも、「満腹」の意味がわかりません。ただただ笑って食っています。そして外に出ると、「ああ、風が気持いい!」と言います。気温4度ぐらいが適温なんでしょう。

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2006年12月02日

●いつまで経ってん、「不思議」が、しんけんすき!

今日の「かぼすタイム」で、世界遺産ナスカ展のPRとして、フツーのおいさん代表でコメントを求められたので、「地上絵は、一筆書きになっちょるけん、こらあ、灌漑用水ん跡じゃねんな」と適当なことを言ったら、まんざら間違いでもなさそうなので驚きました。また、マチュピチュの写真に写っている現地の人を、「こらあ、庄内んおいさんじゃろう」と言ったら、DNA調査によると、古代ナスカ人と日本人は同じ祖先だそうで、それにも驚きました。南米のペルーと言っても同じ人間なんだから、考えることやすることは、そげえ違わんと思います。そやけど、それ(地上絵)が人間の仕業じゃなかったら、人間の考えは及ばんです。ピラミッドもそうですが、このような古代の謎にはUFO説が必ず出てきます。そうかも知れんし、そうじゃねえかも知れんですな。しかしまあ、この地球上にまだまだ不思議がいっぱいあるちゅうことは、人間の進化もまだ途中なんですな。しかしこんくらいで丁度いいとも思いますが、いかがでしょうか?

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2006年12月01日

●「虹色おいさん」7巻完結の今日が、しんけんすき!

本日は、「虹色おいさん」の第7巻(紫の巻)の発行日です。丁度1年前の今日、第1巻(赤の巻)を発行して、2ヵ月毎に、橙、黄、緑、青、藍と続いて、ついにこの紫で虹の七色が完結した訳です。長いようで短い1年でした。トキハの創業70周年記念企画なので、7巻にし、定価700円に設定し、トキハのみの販売となりましたが、大勢の方々に読んでいただいているようで、ありがたいことです。始めは、2ヵ月に1冊の出版なんか無謀な挑戦だと思ったんですが、それが習慣になればなんとかなるもので、予定通り完結の今日を迎えることが出来ました。責任を果した安堵感と同時に、一抹の寂しさもありますが、ワタシの人生の中でも、ちゃんとやった1年だと思えます。(今まではほとんど、ちゃんとしていなかったもんで…)まあ、今後は体力と相談しながら、気力をコントロールしてまた何かやらかしますんで、よろしくお願いします。この場をお借りしまして、皆様のご愛読に感謝申し上げます。

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