2007年01月31日
●仕事がない日の読書時間が、しんけんすき!
自営業者の悩みのひとつに、ヒマな時にどう過ごすか問題があります。昨日がそうでした。一日中、やることがなにもない。こんな日は、自分のホームページを更新したり、先々の仕事の準備や資料探しなどをやるんですが、それもすぐに終ってしまう。mailの返事を書いて送っても十分で済む。ここで今年取り組む企画を…と考えたりもしますが、それには時間が足りない。そこで、読書です。先日お会いした短歌の先生から「歌詠みの上達は、読書量に比例する」というお話を伺ったばかりなので、ここで読書量を少しでも増やしておこうと、取り出した本が「Il Piccolo Principe(星の王子さま)」です。やっと第2章まで来ました。この物語は、現実離れしているようで、実は痛烈に現実批判をしていますので、読みながら大いに納得したり笑ったり、考えさせられたりします。だから、読んでいる間は充実した時間を楽しめます。しかし、夕方、サラリーマンの皆さんと角打ちをしていると、時間の使い方の違いを強く感じてしまいます。
2007年01月30日
●大分県は日本のジャズの聖地と言える環境が、しんけんすき!
先週末、ジャズ歌手の大野えりさんがバンドメンバーと共に長浜のM酒店に来てくれました。いっとき楽しくお酒を飲んでいたんですが、ピアニスト大口さんが、マイファニーバレンタインを弾いてくれて、その後で大野えりさんが、ノーマイクで3曲も歌ってくれました。さすがにプロ歌手は声量が違いますなあ。それに歌声がまるで楽器のようでした。さらに、聴衆を乗せるムード作りがなんともハッピーで素晴しい。時間が経つのも忘れて大いにジャズに酔いしれました。その後で、大野さんご一行がなにか食べたいというので、みんなで城崎屋台街に行って、おでんを食べながら大いに語りました。今、日本のジャズの世界は厳しいと言われています。しかし、大分県は、秋吉敏子さんや辛島文雄さんなどの世界的ピアニストを輩出しています。これは自慢できることです。しかも、長浜の酒屋さんにそんなプレーヤーがやって来て、気持で演奏してくれるんです。こんな文化的環境はなかなかないと思いますよ。ホントに。
2007年01月29日
●自由意志を持って這い這いを始めた「大分弁俳句」がしんけんすき!
昨日、別大マラソン応援俳句の表彰式が竹町でありました。2年前、「大分弁俳句」というものがあってもいいじゃないかと思い、OBSラジオ「ちょるちょるワイド」及びOBSテレビ「かぼすタイム」の小さなコーナーで始めた企画ですが、いつの間にか県内各地に大分弁俳句達人が現れて、ついに毎日新聞が取り上げてくれました。575の文字の中に季語と大分弁を入れる訳ですから、シバリがきつく、長続きせんやろうと、最初は否定的な意見もありました。そこでポップなイラストを付けて俳画ポストカードとして、週に2枚プレゼントしてきました。現在200作以上描きました。このように続けることこそが、最も有効な告知方法だということは、広告のノウハウで確信していました。ただ、続けるためには、忍耐力が必要です。飽きてしまえば終わりです。飽きないためには、面白がることです。面白くするためには、仲間を増やすことです。大分弁俳句はやっと今、這い這いを始めました。自由意志を持ったとも思えます。
2007年01月27日
●夢のお告げをしてくれる気さくな神様が、しんけんすき!
今朝の「かぼすタイム」の大分弁は「おごめん」だったんですが、そのことを考えながら寝たせいかどうか、変な夢を見ました。新しい小説を書き始めているんです。主人公は「神様」です。神様なんだけど、とても気さくで、居酒屋に行って、おいさんギャグを言ったり、八百屋でねぎったりもします。そんな内容なんですが、問題はそのタイトルです。「OH! GODーMAN」となっています。うん、なかなかなもんだと自分でも満足しています。「オー!ゴッドマン」と発音してみました。いや違うなあ「オウ、ガッドメン」いや、違うなあ、「オーゴッメン」そうだ!「オゴメン」「おごめん」だあ!と、独り「中年ど忘れクイズ」をしていました。夢の中では大ウケで、これを忘れないように今、メモしておこうと、手帳を探している所で目が覚めました。起きて、その夢を思い出しても、あんまり面白くないですな、これが。そして手帳を取り出してみたら、書いてました。「ある家にポクとGODがやって来る…」神様は本当に居るんだと確信しました。
2007年01月26日
●「あんまり言うたらいけんでえ」と教えてくれる年配の方が、しんけんすき!
「寛さん、○○(地名)ん、アレ知っちょるかえ?」年配の方にそう言われることが多い。ワタシは県内各地に行くし、またそのことを活字や電波媒体で発表する機会が多いからだろうけど…。「アレと言いますと?」と半笑いで伺ってみると「あっこんアレちゃ、あんた」と嬉しそうに言う。たぶん「アレ」のことなんだろうなあと思いながらも、ここで正解をだすと悪いんで「いやあ、わかりません、ナンですか?」「え~、知らんのかえ!アレちゃ」もう、勝ったような満足顔であるそこで、「教えてくださいよ」と甘えてみると、「いやあ、あんた、知っちょると思うたがなあ、実は、◇◇じゃ」やっぱり!「へー、○○町の◇◇ですかあ」と、驚いてみせると、「あはははは、あんまり言うたらいけんでえ」「ありがとうございます。今度行ったら、ぜひ、見ます」と言うんだけど、「あんまり言うたらいけん」と言われているので、あんまり言わないようにしようと思うんですが、言っても、たぶん、「ああ、アレかあ」とほとんどの人に言われそうな気がします。
2007年01月25日
●二段階翻訳は伝言ゲーム。よだきいけど、しんけんすき!
随分昔、アマゾンの原住民の生活を紹介するテレビ番組を見ていたら、インタビューが、日本語→英語→ポルトガル語→現地語で、聞いて、答えはその逆に帰ってきていました。まるで伝言ゲームのようなので、ちゃんと伝わっているのかなあと思った記憶があります。外国語で書かれた本を読む場合も、頭の中で伝言ゲームをやっています。今、読んでいる「IL Piccolo Principe(星の王子さま)」は、イタリア語の単語を先ず、英語の単語に置き換えて、それを訳しやすい文に並び替えて、日本語にします。つまり、イタリア文→直訳英単語文→日本語に訳しやすい英文→日本語という流れです。だから英語は訳すためのアダプターケーブルの役割です。ワープロでも、ローマ字で入力して漢字や平仮名の混じった日本語になるみたいなもんです。いずれこれが簡略化されて、ほぼダイレクトに翻訳できればいいなと思っていますが、なかなか道のりは長い。やっと第一章を翻訳し終えた所です。アナログですなあ。
2007年01月24日
●「コロッケ海苔」を注文するヒルネの夢が、しんけんすき!
今日、猫が欠伸をする絵を描いていたら、本当に眠くなってしまいました。欠伸はうつると言いますが、それは本当だったんですな。しかもこの暖冬で、うららかな陽気で、眠くならない筈がないです。そんで、絵を描き上げて、さっそくヒルネ。近くのガソリンスタンドから流れる音楽が段々と遠くに聞こえて、夢の世界へ。ワタシは湖で泳いでいました。周囲には誰も居ません。遠くにおにぎりのような島がぽっかり浮かんでいます。その島影がはっきりと見えて、おにぎりが2つあるようで、ちょっとうれしい気分になりました。そう言えば、昼ご飯を食べていないことを思い出して、近所の出前のお店に電話して「おにぎり2つとコロッケ海苔」と注文しました。「コロッケ海苔」がどんなものかワタシは知らずに頼んだのに、お店のおばちゃんは「はい、わかりました」と言いました。コロッケ海苔が来るぞ!その期待と緊張で目が覚めました。
ついにコロッケ海苔は来ませんでした。起きてまた欠伸をしました。のどかな午後ですなあ。
2007年01月23日
●その土地の昔話をしてくれる老人が、しんけんすき!
今日、直川の老人大学に招かれて講演をしてきました。今は佐伯市になった直川ですが、やはり昔ながらのいい村の風情が漂っています。今朝は朝靄で、まるで墨絵のようでした。ここで暮す皆さんは、穏やかで、いい笑顔の方々ばかりで、こっちが癒された思いがしました。講演会でいつも話すんですが、「その村の老人が一人亡くなるということは、その村の図書館が1棟焼失したのと同じである」という言葉です。老人の豊な経験や知識は、図書館と同じです。それを地域に残していただきたいのです。その為には、公民館で老人の話をこども達が聞くといった教室を作ってくれればいいと提案しているんです。そうすれば、地域の昔話などを、方言を交えて面白く話してくれると思うんです。それが継承されていけば、生れた土地に対する愛着も育っていくのではないでしょうか。そんなことを少しづつでも続けていけば、大分県はもっと愛すべきふるさとになっていくんではないですかねえ。
2007年01月22日
●「美しかった国日本」を描いた画人達が、しんけんすき!
昨夜の「新日曜美術館」で写楽の浮世絵の紹介がありました。役者絵の化粧の表現について、歌舞伎役者が実際にメイクしてみせて、その段階やら化粧品、道具まで知って、側で観察しないとわからないことが数多くあり、写楽は恐らく楽屋に通い、すぐ側でスケッチしていただろうということでした。観客席で観ただけでは到底あの細かい部分まではわからないそうです。それでいて、役者の顔の大きさや表情のダイナミックさは、想像力を自由に発揮しています。つまり、緻密であり大胆。これこそが浮世絵の世界観なのです。こんな芸術がこの国にはあって、西洋の芸術家達を驚愕させていたんです。これを踏襲し、発展させることは出来ないものなんでしょうか?よく、洋画と日本画の融合とか言いますが、西洋を意識することなく革新的なものを創る能力が日本人にはあるとワタシは思っています。それを、美しかった国日本に生きた写楽、北斎、広重は絵の中で教えてくれているように思えるんです。
2007年01月20日
●きれいな瞳の動物のこどもが、しんけんすき!
今朝、「かぼすタイム」で描いた絵は、ジャガーのこどもでした。描きながら思ったんですが、どんな動物でも、こどもはかわいい。これは一体、なしか!獰猛なジャガーでもこどもはまるで仔猫。あの憎たらしいハイエナだって、こどもはまるで仔犬。しんけん恐ろしいアリゲーターだって、目がまん丸で愛らしい。蛇だってそうです。これは恐らく、敵から襲われる時に、対抗手段を持たないこどもは、そのかわいさで、敵を一瞬、とまどわせるためではなかろうかと考えました。人間だってそうです。こどもはしんけんかわいい。こどもをかわいいと思わない人はいないと思います。ところが、歩道橋から3歳のこどもを投げ落とすという事件が起りました。信じられないことです。今年になって、このような残忍な事件が跡を絶ちません。もう一度、動物や人間のこどものきれいな瞳を見て欲しいと思います。誰もがこどもだった頃、あんなきれいな瞳をしていたんだから。と、瞳のにごり始めたおいさんは心からそう思う訳でありますよ!
2007年01月19日
●「デスクワークはデスクワー(机上の戦争)」というコピーがしんけんすき!
単にデスクワークと言っても、いくつかの仕事を同時進行していると、脳が混乱することが多々あります。さっきもそうでした。俳画の参考画像を探していたら、メールが来て、その書類を作るための資料を探して、文書を作り、送信して、そこで昨夜撮ったデジカメ画像を取り込んで画像処理してHPの「御馳道」を作って、更新してたら、企画書を送信するのを思い出して、送信して、俳画の参考画像を探し出して、ファイルして、このブログに取り掛かろうとしたら、ウィルス警報が鳴って、その様子を眺めていたら、お湯が沸いて、コーヒーをいれて飲んだら、FAXが来て、その返事を書いてプリントアウトしてFAX送信して、PCを再起動して、HPを確認していたら誤字を発見して、訂正して再更新して、さて、なにをするんだったかな。そうだ、俳画の参考画像だと思って、検索したら、さっき検索したばかりで、既にファイルしていたことも忘れている。それで忘れないために独り言をブツブツ言っている自分は、ちょいと不気味ですな。
2007年01月18日
●補助輪なんかないスットコドッコイ人生が、しんけんすき!
初めて自転車に乗れた日のあの感動を覚えていますか?ワタシは貧乏だったので、子供用自転車を買って貰えず、いきなり大人用の中古自転車でした。だから、補助輪などありません。練習中、何度もこけて怪我をしました。それでも乗れた時のあの感動は今でも鮮明に覚えています。さて、この体験がワタシのその後の人生を決定付けたと言えます。補助輪付き子供用自転車→子供用自転車→大人用自転車という段階を踏まずに、いきなり大人用、しかも中古自転車から始めたので怪我もするし、恐怖も覚えました。しかし、それでも乗れるんだと知ると、ほかの事もこの感覚でやってしまうのです。段階を踏まずに、物事に飛びつく。つまり、無鉄砲です。英語もロクに出来ないのにイタリア語学習を始めたのもそれです。段階を踏まないから基本的なミスをやってしまう。怪我をする。それでもやっているうちに乗れてしまう。これが、スットコドッコイ的面白人生学なのです。と、開き直ることも忘れないんだなあ。やれやれ…。
2007年01月17日
●常連が力を合わせてピアノを移動させる角打ち酒屋が、しんけんすき!
昨夜、M酒店に顔を出すと、「おう、来た来た」と常連のおいさんから言われて、どうしたのかと思ったら、店内に置いているピアノを移動するので人手が要るということで、常連客6人がかりで、200kgはあるピアノをかかえて移動しました。持ち上げて回転させる時に、うまく回らないと誰かが「いったん降ろそう」と言います。筋肉に限界がきているからです。また、滑車止めを置く担当の人は、下手をすると指が潰れてしまうという恐怖の表情です。「じゃあけん、酔う前にせないけんのじゃ」と、酔った人が言います。そんなこんなで、ようやく指定の位置に無事、移動を済ませると、みんなで拍手。そして乾杯。その後でピアニストが到着し、調律を兼ねてジャズを1曲弾いてくれました。「やっぱ、こっち向きん方が音がいい」と誰かが言います。その後で来た常連さんには「さっき、みんなでピアノをかかえて長浜神社まで行ってお祓いをしち貰うたんで」とか、ホゲを言います。その人はホゲ罰金100円を調律代として奉納していました。
2007年01月16日
●「デカメロン」の前に現れた「星の王子さま」が、しんけんすき!
昨日、イタリア語の先生から「DECAMERON」は、大学生レベルだから、こっちを先に読んでと言って、くれたのが「「Il Piccolo Princire」つまり、「The Little Prince」なので「星の王子さま」なるほど。これなら単語もやさしく、文章も簡単だろうと納得したんですが、と言っても、イタリア語はイタリア語で、文法の高い壁が低くなる訳ではありません。これは、中学生レベルだそうです。1943年に発行され現在世界で5000万部、日本でも600万部が売れているという世界的ベストセラー作品のこの本を、原書のフランス語ではなく、イタリア語訳で読むということになったワタシの皮肉な人生を、王子様はどう見てくださるんだろうか?たぶん「大切なものは目には見えない」と仰るんでしょうな。作者のANTONE DE SAINT-EXUPERYはパイロットで、1944年の偵察飛行を最後に消息を絶ち、2003年に地中海のマルセイユ沖で墜落機が確認されたんですが、なんとも、考えさせられる一冊ではある訳です。さあ、読もう!
2007年01月15日
●勝ち組でも負け組でもない、「ほどほど組」の居心地が、しんけんすき!
「格差社会」の格差が広がっているらしい。勝ち組はますます豊かに、負け組みはますます貧しくなって、その中間はどこに行ったんでしょうか?一昔前までは「1億総中流社会」と言われていたのに、それが勝ち組と負け組みに分断されたということでしょうか?確かに、流通業界の動向でも、一般商品は安くなり、高級品は、高価でも、やっぱり売れている。その中間の、「ほどほど」感覚のものが少ないです。しかし、みんながそんなに負けているんでしょうか?セレブと呼ばれるごく一部の人たちの暮らしぶりなんかをテレビで見るから、それに比べての負け感覚があるだけで、ほとんどの人がある程度の水準の暮しをしているんじゃないかなあ?そんで、豊かさって、結局は「幸せ感」だから、量や数では計れないものだと思うんです。ただ、時間だけは別です。自由に使える時間をいっぱい持っている人は、それだけで幸せです。でも、お金と一緒で、その使い方ですけどね。ワタシはすべて「ほどほど」が分相応ですな。
2007年01月14日
●疲れないで楽しめる能天気な脳が、しんけんすき!
コピーライターの仕事は、普段から様々な情報をキャッチして、自分の脳のボキャブラリー書棚に整理しておかないといけません。そこでインターネットは、大変役立つツールです。しかし、外国語の古書翻訳という、じっくり作業は、やっぱり、辞書をめくりながらノートに書いていくというアナログな方法の方が向いていると思います。浅く広い知識を要求される仕事とはまったく違う、狭く深い趣味の世界なので、オタク感覚にならないといけないからです。その二つの世界は流れる時間が違います。しかし、その二つを融合することも、出来るかも知れません。ともあれ、学生時代にたっぷりと休養させた脳を、おいさんになった今、フル活用させて、なにか面白いことを創らせようと企て中です。それが楽しみだと思えば、不思議と脳は疲れないんですな。そもそも「脳が疲れる」ことはないのかも知れません。いや、疲れていることを忘れてしまっているのかも…。まあ、楽しめば、脳は喜んでいるようです。年中能天気だから。
2007年01月13日
●イタリア土産の「DECAMERON」の原書が、しんけんすき!
昨夜、イタリアに里帰りしていたL氏が大分に戻って来たので、夕食を共にしました。鶏鍋をつつきながら、麦焼酎のお湯割にカボスを絞り込んであげると、「ア~、ヤット大分ニ帰ッチ来タヨウナ気ガスル」と笑顔を見せてくれました。帰国前、私は彼のご両親にと「ザビエル」を持たせたのですが、そのお礼にと、古書2巻を土産にくれました。それは、1927年発行の、ジョナンニ・ボッカッチョが書いた「DECAMERON(デカメロン)」です。映画はピエル・パオロ・パゾリーニが1871年に映画化しています。さて、この本、装丁はあまりよくないんですが、印刷はしっかりしています。このイタリア語の原書を、南方熊楠は、隅々まで読んで、自らの文献にも参考にしているらしいのです。それが今、ワタシの机の上に鎮座しています。読破するまでにどれほどの歳月がかかるかと思うとプレッシャーでもあり、また楽しみでもあります。原書から大分弁に翻訳してやろうかと、高望みなことまで考えています。L氏、本当に、La ringrazio molto.
2007年01月12日
●食材を持ち込める酒屋の角打ちが、しんけんすき!
「ママ、出張のお土産」と言って、草加煎餅などを差し出して「あら、東京に行ってたんやね、お疲れさん」というような状況は、都町あたりでごく普通に見られますが、「大将、新島の友達が、送っちきたけん」と言って、クサヤを渡すと、「ほな、焼こうか」と言って店先に七輪を出して焼き始める酒屋はあまりないと思います。昨夜は、そのクサヤの他に、ムロアジのすり身があったので、ストーブの上で作った味噌汁に入れて頂きました。そしたら、常連さんが、「これも貰うたけん」と言って、蒲江の檜扇貝を持って来ました。これもまた七輪で焼いて頂きました。それに絞りかけるカボスも、これまた常連さんが「ワシ方ん田舎じでけたカボスじゃけん、使うて」と言って持ち込んだもの。さらに、「こんナバは冬姑じゃけん美味えで」「杵築ん牡蠣じゃ」「久住ん水じゃ」「国東んマテ貝じゃ」「庄内ん蜂ん巣じゃ」とまあ、なんでもかんでも持ち込める訳です。そんで大将は「今日来た客は、ラッキーじゃ」と言って笑っています。たまりません!
2007年01月11日
●昼食後、白い雲でも眺めながうつらうつらと安らぐ昼寝がしんけんすき!
ここ最近、昼食後、猛烈に眠くなって、ソファーで昼寝する癖がついてしまいました。1時間以内ならば、昼寝は健康に良いという話をどこかで聞いて、その気になって、ゴンゴン寝ています。しかしその時間に限って、訳のわからん電話がかかってきたりします。どうにかやりすごして夢の世界に入り込むと、今度は救急車のサイレン。それが聴こえなくなると、街宣車のけたたましい音楽。ヘリコプターの音。もう絶対に寝かせないようにしているとしか思えません。それでも頑張って目を閉じていたら、ピンポン!「新島からクサヤのお届け物です」これはまあ、ありがたいんだけど。サインして再び横になろうとすると、もう1時間が過ぎていて、寝る気も薄れ、コーヒーを飲んで、デスクに戻るんですな。そんで仕事に取り掛かろうとすると、睡魔が襲ってくるんです。こんな自堕落な生活をしていたんじゃ、ロクな中年になれないと思いながら、顔を洗って歯を磨いて、パソコンを立ち上げると、また眠くなるんですなあ、もう春?
2007年01月10日
●敗戦直後の人間の姿を描いた「Ladri di Biciclette」が、しんけんすき!
昨日、DVDで、「ヴィットリオ・デ・シーカ」監督の「自転車泥棒(Ladri di Biciclette)」を観ました。1948年製作の映画で、敗戦直後のイタリア・ローマが舞台ですから、ドキュメンタリータッチです。戦後の混乱の中で、やっとありついた仕事が、ポスター貼り。それには自転車が必要。質屋から買い戻し、さっそく仕事というところで、その大切な自転車を盗まれてしまう。必死に探す父と子の姿を描いています。ローマと言えば、全ての道がそこに通じてて、大ローマ帝国の栄光の歴史があって、コロッセオ、ヴァチカン、トレヴィの泉、等など、ローマの休日のイメージですが、そんなお姫様観光気分のシーンは一切出てきません。この映画封切の1年前(1947年)に、「小津安二郎」監督は、敗戦直後の東京の孤児を描いた「長屋紳士録」を発表しています。敗戦国同士、似た感情が込められていると思いました。とにかく「生きよう」とする人間の姿がいかに正しいかということを再認識させられ、何度観ても感動する映画です。
※原題の「Ladri di Biciclette」ですが、「Ladri」とは、泥棒=「Ladro」の複数形です。「di」は、前置詞で、
「Biciclette」は、自転車=「Bicicletta」の複数形です。つまり、自転車泥棒は、一人ではないことが、タイトルでわかる訳です。主人公は、自転車泥棒による被害者だけではないことすら伺えるんですな。そんで、泥棒=「Ladro→Ladri」は男性名詞。自転車=「Bicicletta→Biciclette」は女性名詞という点においても、深い感慨を覚えさせてくれるものなのです。
2007年01月09日
●楽しいことは、忘れない。そんな我がままな脳が、しんけんすき!
将棋のルールは複雑なのに、小学生の頃、友達と遊びながら自然に覚えて、それは今も忘れていない。
野球もそうだし、自転車の乗り方もそう。楽しく遊びながら覚えたものは、記憶に残る。逆に、嫌々覚えさせられた勉強の類は、すっかり忘れています。今、中年の脳を鍛えるソフトが大売れしているそうですが、短期記憶は小手先で鍛えなおせても、長期記憶となると、そうはいかないと思います。で、どうすればいいのかということは、ワタシにもわかりませんが、少なくとも、子どもの頃、熱中した遊びの感覚を呼び起こせばいいのではないかと思う訳です。覚えられないのは、アタマが悪いのではなくて、覚えたくないからで、もっと言えば、忘れる機能が働き過ぎているからです。忘れる機能を鈍化させれば、誰もが記憶力を発揮できると思います。その為には、心から楽しむことが一番です。楽しいことは、快感だからいつまでも覚えておきたいと脳が判断するんだと、忘れる前に、ここに書いておきますね。
2007年01月08日
●好きなことを続けて上達して面白くなるのが、しんけんすき!
さきほど、イタリアの友人からメールが来たので、「伊和辞典」で調べながら、大まかに意味を理解して、その返事をまた、辞典と、文法の参考書をたよりにやっと書き上げて返信しました。それが都合2時間もかかりました。日本語なら、5分もかからなかったでしょう。英語でも1時間以内でどうにかなったと思います。しかし、これでも我ながら、勉強し始めて2ヵ月そこらで、ここまで出来るようになったんだと思いますよ、ホントに。そう言えば、昨夜NHK教育テレビの「新日曜美術館」で、漆工芸の松田権六が、「私は天才じゃないから、毎日の努力が必要になる。そこで、一日一図案を続けている。この積み重ねでなんとかなっている」と言っていました。そうなんですよねえ。好きなことは続けられる、だから上達する。上達すれば、さらに面白くなる。このことに気が付いたのが、ここ最近だから、情けない。しかし四十の手習いという言葉もあります。今日、成人を迎えた皆さんも、続けられる好きなことを見つけてくだされ。
2007年01月06日
●猿だんごを眺めるはぐれ猿の悲哀が、しんけんすき!
さき程、「かぼすタイム」で、猿だんごの絵を描きながら思ったのですが、だんごの内側の猿は暖かくていいけど、外側の猿は寒いだろうなあと。それでも、寒風の中、一匹でいるよりは、みんなの輪に加わった方がはるかに暖かい。これが、社会なんだなあと思いながら、絵筆を走らせました。しかし、輪の真ん中あたりに居る猿は、暖かいけど身動きが取れないという、痛し痒しの状態ではないでしょうか? そう言えば、ミツバチの巣を襲ってくるスズメバチをに対して、ミツバチは、大勢でそのスズメバチに抱き付いて、だんご状態にして、その高熱でスズメバチを殺すんです。猿だんごも、真ん中は、そんな恐怖がよぎるんではないかと、いらぬ心配をしてしまいました。と言うワタシは、人間社会の中で、組織に属さず生きておりますので、猿だんごの周りで、それを眺めながら震えているはぐれ猿なんでしょうな。それでも寒さに耐え切れなくなったら、そっと一番端っこに加わったりして、神妙な顔しているのかも知れません。
2007年01月05日
●何度トライしても超えられない文法の壁が悔しくて、しんけんすき!
外国語を学ぶ上での大きな壁は、やはり文法です。学生時代にやった英文法がどうしても身に付かず、英語が嫌いになった人も多いと思います。ところが、帰国子女(この呼び方にも抵抗がありますが)は、ネイティブ発音でペラペラ喋れて、聴けるのに、日本でのテストの点はさほどでもなかった人がいた。これは、やっぱり文法重視の英語教育に問題があると思います。じゃあ、どういった学習法がいいのか?いろんな方法のテキストやCDが売られています。ワタシもいろいろ試してみましたが、未だに画期的モノには出会っていません。英語上達者の中には、「とにかく単語力」と言う人がいます。文法は後でなんとなくわかると言うんです。確かに我々が日本語を覚えた過程はそうだったかも知れませんが、その調子で外国語を学ぶと、長い時間がかかります。そこで、頼りになるのが、やっぱり文法なんですね。これは、よだきいことなんですが、車の免許を取るのと同じだと考えれば我慢も出来ると思うんですがねえ。
2007年01月04日
●お客さんがいっぱいのデパートが、しんけんすき!
昨日、トキハ本店で「虹色おいさん」全巻完結記念サイン会第2弾をさせていただきました。帰省中の方が多く、全巻、あるいは数巻まとめてお買上げの方が多かったです。ありがとうございました。県外の方が多かったせいか、トキハの館内もいつもとは雰囲気が違いました。でも、昔のトキハはいつもこうでした。エスカレーターの人の流れは隙間なく、レストランの前には順番待ちの人の列がありました。当時は、それがデパートだと羨望の眼差しで眺めていました。ところが最近は、分散型傾向で、中心部に以前ほど集客できなくなってきました。だから、年末年始のお客さんの多さには驚いてしまいます。そして、普段の生活で、列で待つことのほとんどない大分人は、疲れてしまいます。それとは逆に、帰省した人は、「大分って、けっこう活気がありますねえ」なんか言ってくれます。ヒマな時を知らないからです。だったら、帰省は年に4回とかの新しい習慣を創れば地域産業は活性化すると、そんなことを思いましたが。
2007年01月03日
●正月休みに観る昔のイタリア映画が、しんけんすき!
昨日、DVDでヴィットリオ・デ・シーカ監督の「l GIRASOLI(ひまわり)」を久し振りに観ました。これは、昨年、サックス奏者の坂田明さんに長浜で出会い、氏の「ひまわり」を聴いてから、どうしてもまた観たいと思い続けていたからでした。この映画、やっぱり名作です。場面転換の切れの良さと、印象カットのしつこさが、なんとも言えないテンポを創り出し、ソフィア・ローレンの強い感情が迫り、マルチェロ・マストロヤンニの普通の男の軽さと悲しさが染みてきます。旧ソ連ロケは、おそろしく遠い国を感じさせます。そんな中に流れるあの、ヘンリー・マンシーニの哀感きわまるメロディーが、地平線の果てまで続く、ひまわりの花と戦争に倒れた兵士達の十字架とオーバーラップします。「道」「自転車泥棒」「郵便配達は二度ベルを鳴らす」ワタシの好きなイタリア映画の中でもこの「ひまわり」は格別です。いつの日か、この原作を読める日が来ればいいと願って今年はイタリア語をもっと勉強したいと思っています。Grazie!
2007年01月01日
●元旦の日本の大分が、しんけんすき!
皆様、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。さて、今年も初詣は長浜様に行って来ました。参拝客も多く、外国人の姿もありました。「アケマシテオメデトウゴザイマス」と丁寧に挨拶をしてくれました。うれしいことです。近所の顔見知りのおいさん、おばさんも丁重に新年の挨拶をしてくれます。正月はこうでなければ。みんなが平和で幸せな年を迎えたいと願っているんですな。ワタシも今年は、穏やかな1年になればと思っています。ところで、「隠居」って、穏やかに居すると書くんですな。今年、五十歳を迎えるに当たって、そんなことを元旦から考えてしまいました。しかし、まだまだ働かなくてはなりませんので、心穏やかな、いいおいさんを目指してゆっくりゆっくり歩みたいと思います。皆様にとっても、今年一年が穏やかなお顔で過ごせることを願いたいと、この場をお借りしてご挨拶申し上げます。今後共、「しんけんすき!」を宜しくご贔屓に。 吉田寛
