2007年02月28日

●日帰り出張後の焼酎のお湯割りにカボスが、しんけんすき!

昨日、久々に博多に行きました。「九州グリーン電力基金運営委員会」出席のためです。やはり、地球温暖化がテーマになりました。この九州に風力発電や太陽光発電の施設をもっと作って、クリーンな自然エネルギーを増やしていきたいと思います。さて、その会議終了後、いつもなら博多の友人達と、飲食をしていたんですが、今回は、そのままソニックに乗って帰って来ました。どうもワタシは都会の空気が苦手なようです。山国川を渡って、大分県に入り、のんびりした農村の風景が広がるとホッと心が和みます。そして、大分駅に降りると安心感が漂います。そのまま、馴染みの居酒屋や酒屋に顔を出して、焼酎のお湯割りにカボスを絞り込むと、もう自分の家に居るのと同じ精神状態になります。べつに、大分原理主義ではないんですが、やっぱり大分県はいいです。よくぞ、こんな住み良い土地を守ってくれたと先人達に感謝したい気持でいっぱいになります。

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2007年02月27日

●心の疲れを本当に癒してくれる「鈍感力」が、しんけんすき!

「癒し」というコトバの使われ方が、あまり好きではありませんでした。癒されなければ立ち直れないほどに苦労をしたのか?と問いたくなるからです。また「自分にご褒美」もそうです。まったくもって自分にアマい考えで脱力感を覚えます。そう言うアンタはよっぽど心が強いんだろうねと言われそうですが、強くありません。いつもクヨクヨする性質です。だからといって「癒されたい」とか「ご褒美もらいたい」なんて思いません。世の中には大変な苦労をしている人達が山といるんだ。自分の今の辛さなんかまだ幸せな方だと、言い聞かせるんです。すると気分がラクになります。つまり、リラクゼーション効果があるんです。ストイックな考え方かも知れませんが、最近の人は「堪える」ことをしなくなったのではないかと思います。そのコトバも滅多に聞きません。「ここはひとつグッと堪えて」ということが少ないようです。堪えてばかりでストレスが溜まるかと言えば、逆です。忘れてしまうんです。それが「鈍感力」だと思います。

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2007年02月26日

●ゴッホに憧れた棟方志功のシンプルな激しさが、しんけんすき!

昨夜、NHKBSの「迷宮美術館」で、棟方志功の版画を取り上げていました。あの白黒の世界は、青森の冬の色だそうです。そして、花火のように眩しい色使いは、「ねぷた祭り」の色だそうです。ゴッホに憧れた棟方志功のシンプルさと激しさは、ヨーロッパで大絶賛されていますが、そのゴッホは、北斎などの日本の浮世絵に憧れていたというから、芸術家同士はどこかで繋がっているんだなあと改めてそう思いました。そして、このような芸術家は、次々にどこかで生れてくるという不思議さを感じました。絵画や版画はなんのためにあるのでしょうか?やはり人間の心が芸術を求めるのでしょう。求められて出て来る才能が耐えないのは、必要だからです。科学や技術も必要ですが、芸術はそれ以上に人間にとって必要なのかも知れません。それは心が求めているからです。青森の冬は寒く、白と黒の世界で自分と向き合う長い時間の中で激しい芸術の光が差し込むのでしょう。と、暖冬の九州のおいさんは考えます。

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2007年02月24日

●たそがれて別府湾を眺める老猿がしんけんすき!

今朝の「かぼすタイム」の大分弁テーマが「さじい」だったので、猿の爺さんの絵を描きました。「老猿」です。高崎山の餌場の端っこから、別府湾を眺めている姿です。背中の丸みで「老」を表現しようと試みました。その絵を描いている最中に、その猿になったつもりで考えました。ここで生れて、育って、恋をして、喧嘩もして、餌も食べてきたけれど、もう若い頃のようには動けなくなってしまった。若いのに追いかけられたり、雌には蔑みの眼で見られたりしだした。ワシは老猿。毎日見てきた別府湾も、あと何回見ることができるんだろうか…。そんなふうに、たそがれていると、海の色が段々と濃くなって、深い悲しみの色具合になってしまいました。比べるつもりもありませんが、高村光雲の木彫の「老猿」のような老獪さは、まったくありません。ただただ、たそがれているだけの老いた猿です。その悲しみの向こうになにかがあると期待してはいるんですが、まだまだ悟りは開けない中途半端なおいさん猿です。はい。

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2007年02月23日

●イタリア映画「Il Postino」が、しんけんすき!

昨夜、イタリア語の先生からテキストとして頂いた、DVDを観ました。イタリア製のせいかどうか、うちのDVDプレーヤーが受け付けないので、PCで観ることにしました。1994年製作。マイケル・ラドフォード監督の「Il Postino(イル・ポスティーノ)」です。物語も、映像も、音楽も美しく、素晴しい映画でした。ナポリの沖合いに浮かぶ小さな島にチリから亡命してきた詩人パブロがいて、彼宛に世界中から沢山の手紙が来る。それを運ぶ選任の郵便配達人(Il Postino)マリオ。この二人の友情がこれまた美しい。ただ残念なのは、字幕も吹き替えもないから、知っているイタリア語単語を頭の中で組み合わせながら、映像と結びつける作業が難儀です。しかも、マリオ(Massimo Troisi)のナポリ弁が、聞き取りにくい。それでも、居酒屋で働くベアトリーチェの美しさが、言葉の壁を越えさせてくれました。やっぱり、いい映画はコトバを超越した力があるんだと思わされました。でも、コトバは大切だから日々精進せねば!

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2007年02月22日

●明治45年の宇目町の小学生の顔が、しんけんすき!

今日、宇目町公民館へ行って来ました。老人会のお集りに招かれたのです。10号~57号~326号~というコースで、1時間ちょっとで到着しました。新佐伯市になって、雰囲気が変わったかな?と思ったんですが、宇目町はやっぱり宇目町でした。静かでいい町です。公民館の2階には、資料室が3部屋あって、昔の農具や、生活用具などが展示されていました。また、明治時代の写真もたくさんあって、当時の林業の様子や、村人の暮しの様子が伺えました。そこで、一人の老紳士が、学校の前で先生と生徒達が並んで写っている写真を指差しながら「これがワシん母じょ」と教えてくれました。明治45年の小学生です。「お母さんは、お元気ですか?」と聞くと、「明治32年生まれじゃに、生きちょら、108歳になるわあ」と言って笑います。大自然に囲まれた宇目に生まれ育ち、結婚して子育てをして、長生きしたであろうその「小学生の女の子」の写真の顔は、本当に美しい国日本の正しい村の少女の顔でした。

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2007年02月21日

●静かなる電脳高齢者の増殖が、不気味でしんけんすき!

高齢者を対象としたパソコン教室が流行っているそうです。メール交換は勿論のこと、ホームページを立ち上げたり、ブログ仲間のオフ会まであるんだそうです。いわゆる電脳高齢者ですな。これは不気味ですが、いいことだと思います。ワタシもいずれその仲間に入れてもらおうと考えています。第一、紙を使わないのがいい。そして指先を動かすからボケ防止にもなるし、世界中のいろんな人と知合いになれるし、いろんなものを見ることも、聞くこともできる。高齢者にとっても刺激がいっぱいで、また、自分の趣味や知識、経験を知らせることも出来る。そして若者ともチャットが出来る。確かにインターネットは功罪がありますが、だからと言って総否定するようなおじさん方は、先輩の高齢者から「あんたアタマ固いネ」なんて言われそうな勢いです。アナログも素晴しいし、デジタルも素晴しい。両方のいい部分を利用して人生を楽しむことが出来る高齢者が深く静かに増殖しているようです。油断なりませんなあ。

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2007年02月20日

●マンションを守る寡黙なスパイダーマンが、しんけんすき!

先日からワタシの事務所が入っているマンションの外壁調査が始まりました。ロープにぶら下がった検査員の方が、1mほどの金属棒を壁面にすりつけながら、カラカラカラという音を立てています。これでたぶん違う音がする部分はないかと探しているんでしょう。その音を聴けばすぐにクラックがあるかどうかがわかるんでしょう。耳が商売道具なんて、たいしたもんです。しかも、高い所にぶら下がってのスパイダーマン作業だから大変です。それにしても「カラカラカラ」という音をさせながら突然、窓の上から人間が現れるので室内にいるワタシは驚きます。しかし、スパイダーマンとしては、仕事をしている訳だし、もう何度も室内の驚く顔に遭遇しているだろうから「ああ、またか。こっちは仕事なんじゃ」と思っていることでしょう。世の中、いろんな仕事があるもんです。幸いにしてうちの古いマンションには異常がなかったようでしたので、一安心ですが、地震はいつやってくるかわからんので、油断はならんです。

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2007年02月19日

●携帯メールでの語学トレーニングがキチイけど、しんけんすき!

イタリア語を習い始めて四ヵ月。うすらぼんやりイタリア語の感覚が見えてきました。週に一回のレッスンと、文法の独学、CDでのヒヤリング、これだけではなかなか前へ進まなかったんですが、先生が毎日のように送ってくるイタリア語の携帯メール。これが困るというか、焦るんですな。すぐさまメモ用紙に、スペルを書き写して、先ずは覚えている単語から文全体を想像する。それでも8割はわからないので、辞書を引く。直訳して、もう一度訳文する。それで言いたいことがわかったら、今度は返事を書くのに、必要な単語を拾い出し、同時に意味の近いフレーズを探し出し、できる範囲内で、時制や性数に気をつけながら文を作り、スペルを間違わないように、メモして、それから携帯のキーを打って送信。それまでに、30分はかかります。そこでホッとしてたら1分で返事が来ます。どっと疲れるんですが、これこそが語学の効果的なトレーニングになると気がつきまして、その意味を大分弁で返信しました。

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2007年02月17日

●50年ぶりの幼馴染との再会に立ち会えた偶然が、しんけんすき!

昨夜、神戸のW社長ご夫妻と、角打ちをして、近所の居酒屋で飲んでいたら、角打ち仲間のAさんと、なんだか話が合ってきて、どうしたのかと思ったら、どうやら幼馴染らしいということになって、年齢も一つ違いで、よく遊んでいた山、川、そして行きつけの駄菓子屋まで一緒で、共通の知り合いもいて、「なにえ、なにえ、なにえ~」となって、親族かどうかはW社長のお母さんに聞いて確かめるということになった訳ですが、50年ぶりの再会が、長浜の酒屋と居酒屋というこの偶然は、W社長が神戸で、このブログを毎日見てくれて、長浜のM酒店で角打ちがしたいということで、ワタシがご案内したのがキッカケです。いやあ、世の中、広いようで狭いようで、面白いものです。この出会いは偶然なのか、必然なのか、わかりませんが、とにかく、いいおいさんがお互いに「ほな、親戚かも知れんなあ」と言いながら握手する姿は、傍で見ていて、なんとも嬉し恥ずかしいもんでした。めでたしめでたし。

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2007年02月16日

●運動不足解消のための下り専用の階段が、しんけんすき!

仕事のほとんどがデスクワークなので、運動不足が気になりますが、なかなかデスクから離れられなくて、困ります。独立した時(13年前)に、机と椅子だけはいいものをと思って、購入したのが良かったのか、悪かったのか、何時間腰掛けたままでも、まったく疲れません。だから、ここから抜け出せなくなってしまったようです。まるで井伏鱒二の「山椒魚」のようです。山椒魚にとっての話し相手は、川海老でしたが、ワタシにとっては、パソコンです。こう言うと、引きこもりおいさんのようですが、小説を書く場合などはこうなってしまいます。だからヒマな時は、デジカメ持って散歩でもすればいいんですが、やっぱり机に居た方が落ち着くんですな。それに、ランチは出前がほとんどだから、ますます、引きこもりになります。夕方、近所のお酒屋さんに角打ちに行くぐらいが関の山です。本当に困ったもんです。だから最近は、エレベーターを使わずに階段を使っています。勿論、下りだけですが…。

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2007年02月15日

●ギターソロと、コンクリート打ちっぱなしの運命が、しんけんすき!

昨夜、ルネ・クレマン監督のフランス映画「禁じられた遊び」(1952)がNHKBSで放映されました。名曲「愛のロマンス」を聴きながら、観るとはなしに観ていたら、引き込まれました。何度も観て、内容も結末も知っているのに、観てしまう。これを名作と呼ぶんでしょう。「反戦映画」と一言で済まされない何かがあります。その切なさを盛り上げるあのギターソロは、狙いではなく、製作にお金がかかりすぎて、オーケストラを使えなかった苦肉の策だったそうです。その話で思い出したのが、磯崎新氏の初期の建築、「大分県立図書館」です。あのコンクリート打ちっぱなしは、塗装吹き付けの予算がなかったからと、磯崎氏ご本人に伺いました。「ギターソロ」と「コンクリート打ちっぱなし」の不思議な共通点を見つけてしまいました。「禁じられた遊び」の音楽が、オーケストラだったら、受ける印象は違っていたことでしょう。ここに偶然と必然の絡み合う運命が見えるような気がするんですなあ。

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2007年02月14日

●「捨てる神あれば、拾う神あり」という言葉が、しんけんすき!

昨夜、神戸の社長さんと会食させて頂きました。12年前の阪神淡路大震災のお話から始まって、株の失敗、そして詐欺に遭ったり、海外で不当拘留させられたりと、ワタシなら、人生を諦めてしまうような出来事が次々に起こって、その度にリカバリーして現在の成功がある訳なんです。危機に陥った時に、もうダメだとは思わなかったけど、悔しくて悔しくて、握った手の平に爪の後が付いていたと仰います。それで、この失敗の原因は、自分が馬鹿だったからだと考えて、反省し、次のステップへ進んだそうです。ここがポイントですな。「危機」とは、「crisis」+「chance」だから、その「機(chance)」を、神から与えられたものだと受け止め、軌道修正し、ジャンプアップすると、理屈ではわかるんですが、イザその場面になった時、社長と同じことが出来るんだろうかと考えていたら「捨てる神あれば、拾う神ありだよ」と社長は笑いました。これは結果論かも知れませんが、失敗がなければ言えない言葉だと思いましたです。

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2007年02月13日

●おカネの掛からない「読絵学」で過ごす時間が、しんけんすき!

温暖化のせいか、今年は穏やかに時間が流れています。去年は時間との闘いでしたので、それに比べると、贅沢なような気がします。この時間を利用して、今年はじっくり充電できればいいなあと考えています。特にやりたいのは、読書と絵画と語学です。これらは楽しみでもあり、自分への肥料にもなるんです。しかも、お金がほとんどかかりません。素晴しい「費用対効果」が望めます。先ず、「読書」は、想像力と文章力を養います。「絵画」は、観察力と構成力を養います。そして「語学」は、記憶力、分析力を養います。これだけの効果が望めて、掛かる費用は月に数千円。(図書館を利用すれば、ほとんどタダ。スケッチブックや絵具なども安いので十分)これらをやりながら、準備をし、仕事が発生すれば、じっくりやって、終ればまた「読絵学」生活。フリーランスだからこそ出来るこのライフスタイルをそろそろ定着させたいと考えています。

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2007年02月10日

●サラッとした文体で楽しく読める小説が、しんけんすき!

この春、創刊される雑誌「セーノ!」の連載小説を書き始めているんですが、主人公が若い女性なので、なかなか筆が進みません。おいさんなら、とっとと書けるし、どうかすれば、文中のおいさんが勝手に喋り出すことだってあるんですが、若い女性となると、そうは行かない。恐る恐る書いているという状況です。よく女性読者が「男性の書き手は、女性を美しく書き過ぎる」と仰いますが、それは仕方のないことだと思います。女性が女性を見る目にはなれないからです。だったらどうすればよいのかと考えて、書き手であるワタシの感情をなるべく薄くして、客観的な視点から表現していこうと決めたのですが、これが難しいものなのです。力を抜いたサラッとした文体で、読んでいて楽しくなるような小説は書けないものかと苦しんでおります。やっぱり、おしゃれでない人間が、急におしゃれをしようと思っても無理なんじゃないかとも思っている所ですが、そこをなんとかやっていくのが仕事ですんで、なんとかします。

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2007年02月09日

●制限時速を守って、のどかな風景を楽しむドライブが、しんけんすき!

昨日、国道10号を南下して佐伯市弥生町まで行きました。犬飼から極端に車の数が減ります。運転するには快適なんですが、ついスピードが出てしまいます。制限時速50kmですのでそれくらいで走っていたら、いつの間にかワタシの後方は車の列。途中のパーキングエリアで抜いてもらって、再び走り出すと、今度は後からパッシング。「どけどけ!遅えどコンヤタア」みたいな感じでギリギリまで迫ってきます。そこでまた左に寄せて抜かせます。確かに空いている道なので、スイスイ走れるんですが、どうみても時速80km以上は出ています。しかも軽自動車です。30km/h以上オーバーですから免停です。それよか、事故を起こしたら大変だと思わんのでしょうか?抜かれるワタシだって、気がつくと60km/hを越えていました。これも違反ですが、それを遅いとばかりに怒って抜いていく訳ですから、困ったもんです。早春の景色でも眺めながらドライブを楽しむというドライバーは交通の邪魔なんですかねえ。

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2007年02月08日

●白熊が棲める環境だった頃の地球が、しんけんすき!

昨夜、久々の休肝日で、読書の途中でテレビをつけたら、白熊が一頭、大海原を泳いでいました。どうしたのかと思ったら、氷を探して彷徨っているんだそうです。ワタシは動物の赤ちゃんかわいいランキングのナンバーワンは白熊だと思っている派なので他人事ではありませんでした。白熊(ホッキョクグマ)の棲む北極地域の氷がだんだん少なくなって、生活圏が狭められ、今、彼らは絶滅の危機にあるんだそうです。その原因は、やっぱり地球温暖化。これだけでもショックなのに、その近くのグリーンランドの氷も溶け始めているそうです。これが全部溶けると海水面が7m上昇するんだそうで、砂浜どころか、平地はほとんど水浸し。そこに疫病が蔓延して、これはまさに「戦争よりも恐ろしい生命の危機」に他なりません。その危機がもう目の前、ここ数十年の話で、今現在もその兆候は各地に現れています。CO2削減のためにワタシは、石油を燃やさんで、脂肪を燃やすことを心がけたいと思います。

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2007年02月07日

●地球環境を憂いながら居眠りする穏やかな春が、しんけんすき!

昨日の夕方、M酒店に顔を出したら「こん暑い日にマフラーかえ!」と笑われました。確かに寒くはない。しかし「暑い」はオーバーだろうと思っていたら、高城から走って来た、ふくよかなお方が、汗びっしょりで、店の前で服を着替え、しばらく外で涼んでいました。そうそう「涼む」という言葉もこの時期に使うとは思いませんでした。ますます地球温暖化が進んでいるんでしょうなあ。この調子で夏になったらどうなるんだろうと想像しただけで汗ばみます。ただ暑いだけではなく、海水面が上昇し、砂漠化が進み、生態形が激変し、地球は危機的な状況を迎えるという予測もあります。その原因のほとんどが、人間活動と言われています。ワタシたちはもっと深刻に考え、行動しなければならんのですな。ゴミをなるべく出さないようにして、省エネ生活を心がけ、そして、アメリカと中国に対して「京都議定書」に批准しなさい!と訴えなければなりません。そんなことを考えながら、うつらうつらとしている春おいさんです。

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2007年02月06日

●穏やかな一日は、それだけでハッピーなニュースで、しんけんすき!

「よく毎日書くことがあるなあ」と、ある方に言われました。正直、ネタのない日もあります。それでも、今日はなにをしたかなあと考える癖がついてしまっているんです。その中からなにか書くことはないかなあと探して、なんとか書いているんです。新聞やテレビのニュースが「今日はたいしたニュースはありません」とは言わないのと同じだと思います。まあ、こんなことを書いている日はニュースがない訳で、逆に時間がかかるんです。日記とは、そんなものではないでしょうか。さて、昨日、近所の出前食堂のおばちゃんから「うちの梅をちぎって持って来たけん飾って」と頂いた梅の小枝の花を眺めているだけで、なんだか幸せな気分になって、そのことを皆さんに報告しようという気持になることは、自分でも悪い気はしませんし、これもワタシにとってはニュースなのです。ハッピーなニュースが少なくなったこのご時勢だからこそ、穏やかなことを発表したいのです。

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2007年02月05日

●別大マラソンの沿道の美しさが、しんけんすき!

別大マラソンの日は、いつもテレビと窓の外を見ながらで落ち着きません。そして必ず、県外の友人から電話が来ます。「今日は晴れちょるねえ」「沿道に出て手を振れちゃ」などと、なぜか大分弁で言ってきます。大分がライブで全国放送される数少ない機会だからでしょうか。それもありがたいことなんですが、「風光明媚なシーサイドコース」というアナウンスで映される別大国道と別府湾の空撮は本当に美しく、特に昨日の高崎山越えの別府のショットは最高でした。あんな景色をサルたちは毎日見ているんだなあと思いました。それにしても最近、目立つのは、携帯電話をしながらカメラに向かって手を振る人たちです。「おう、今、映っちょる、映っちょる」とか言われながら、手を振っているんでしょう。それを録画していて、後で見るんでしょうが、なんとも平和です。それも悪くはないんですが、沿道にゴミひとつ落ちていない美しさにも注目して欲しいと思いました。来年は走ろうかなあ、沿道を。

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2007年02月03日

●司法の場に一般論が入り、それが犯罪抑止になれば、しんけんすき!

さっきまで、大分市コンパルホールで「裁判員制度」のフォーラムに参加していました。去年に続いて2度目の出席でしたが、ワタシの思いもこの1年で変化してきました。重大事件の裁判だから精神的負担も大きく、時間も束縛されるので嫌だと始めは思っていたんですが、よくよく考えてみると、法曹界のプロにだけ任せておくのはどうなんだろうと。そもそも法律は国民の幸せのためにあるもので、我々のものなんだから、それを守る義務も責任もある。そこでワタシがもし裁判員に選ばれたら大分地裁に行く訳だから、大分県内で起った事件を裁くことになる。それは、大分県のためになる。法律の素人だけど、一般論は持っている。自分なりの良心もある。それを「罪を憎んで人を憎まず」の心で反映させることは、国民のというか県民の一人として、大切なことではないだろうかと思って、そのような発言をさせて頂き、『放置はいけんで!法治国家やけん。かたろうえ、裁判』というコピーをその場で発表させて頂きました。

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2007年02月02日

●「格差」とか口にせんで、静かに振舞う粋な人が、しんけんすき!

「格差社会」という言葉を聞くたびに、悲しい思いがするのはワタシだけでしょうか?そうじゃない方向に物事を考えることはできないもんかなあ。例えば「粋」かどうかとか。夕方、ふらりと蕎麦屋に現れて、カウンターの隅に腰掛け、「ザル」と一言。出て来るまでは店の棚に飾られた一輪挿しの野花を眺め、蕎麦が来たら、一気に食べ上げて、蕎麦湯を飲みながらちょっと一息入れて、「ご馳走様」と言ってお代を置いてさっと帰るような人。その人の勤め先がどこだろうと、収入がどうだろうと、家族構成がどうだろうと、学歴がどうだろうと、住所がどこだろうと、そんなことはどうだっていいんです。その人の持った粋な風情。それが魅力なんです。どんなにお金があっても「粋」は身に付きません。どんなに貧乏でも「粋」な人はいます。また、「粋」は、上品でも下品でもありません。その中間にあって、バランスのとれたものだと思います。とか言っても「粋」を論じること自体、無粋なことなんでしょうが…。

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2007年02月01日

●ゆっくりゆっくり楽しみながらのウォーキングが、しんけんすき!

ワタシが言うのもなんですが、ラクして痩せることなんか信じてはいけません。先ず、食べることは生命維持ですから、無理な食事制限はカラダを壊します。栄養をちゃんと摂って、それから動くことです。朝、歩くとか、簡単なスポーツをするとかして、エネルギーを消費して、太りにくい体質になるのが一番です。でも、それが、ヨダキイから、ラクなダイエットに興味を引かれてしまうんですなあ。またそれを狙ってさまざまな健康食品やダイエット関連商品が次々に販売されています。それに手を出す気持はよくわかりますが、やはり、運動に勝るダイエットなしです。歩きましょう。お金もかからないし、健康になって、環境にもいいことです。歩くことを続けるのはとても難しいんですが、「Poco a Poco=ゆっくりゆっくり」が続かせるコツだそうです。焦ることなく、音楽でも聴きながら、また、デジカメでも持って季節の草花を撮影しながらでもいいじゃないですか。とにかく楽しむことが継続になるんです。と、自分に言い聞かせています。

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