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2006年11月30日
木下さんの「夕鶴」を上演
劇作家の木下順二さんが亡くなった。
学生時代演劇に熱中して、木下さんの代表作「夕鶴」の山本安英さんの
公演をなんど見たことか。
左翼演劇の雄「前進座」と、学生の演劇熱をひきつける双璧だった。
前進座の公演のとき私は、アルバイトとして楽屋で雑用係りを勤めたことがある。
木下演劇への思いが高じて、大学学園祭にこの「夕鶴」を私の演出で、
工学部から出した。
工学部には女子学生が一名しかいないので、女子大から「女優さん」を拝借した。
素晴しい「名優」で、おかげで他の学部を圧するできばえだつた、と思っている。
彼女の関係で、この女子大からたくさんの女子学生が劇場に来てくれた。
舞台装置はデザインと設計製作を、建築工学科の演劇部員が担当した。
大掛かりな舞台装置を会場に持ち込む方法で困った。
工業化学科の友人の父上が、県庁の土木部長をしていたので、彼を通じて
私が県庁の部長室に出かけて直接お願いしたところ快諾。
運転手つきでトラックを出してくれた。
格好をつけるため、私は「袴姿」で出かけた。
荷台に「土木部」と書いてあるトラックで運んだわけだが、
いまなら「公私混同」で問題になるところだ。いい時代だつた。
舞台衣装は、友人がアルバイトをしている「古着屋さん」からお借りした。
当時は和服の古着が結構並んでいた。
時代劇の庶民の衣装だから、まさにうってつけ。
おかげで、古着は舞台化粧のドーランで、襟が汚れてしまった。
洗って返したかどうか覚えていない。
古着屋さんが「そぎゃんこつは心配しなすな」と言ってくれたかもしれない。
いまでは「古着屋さん」なんて、あるのだろうか。
稽古は校内の空き校舎の中で、夜遅くまでやった。
私はいつのまにか、脚本を完全に暗記してしまい、本を持たずに手ぶらで演出した。
カッコウがよかった。
「女優」の演技が、私の思いの80%までしかできないが、遠慮があるので
我慢して妥協した。
ところが、実際の舞台公演となって驚いた。
稽古とは別人のような素晴しい演技を示したのだ。
さすが「名優」と感心はしたものの、稽古でそこまでの演技を出さなかったのは
私の演出に対して納得がいかなかったからなのか、いささか悩んだものである。
劇作家・木下さん死亡のニュースで、一気に昔の青春の演劇に対する
熱い思い出がよみがえった。
半世紀以上も昔のことだが、鮮烈な記憶として改めて書いてみた。
当時の演劇部員は、各学科にまたがって多士済々だつたが、今では鬼籍に
入った人もいることだろう。ご冥福を祈る。
投稿者 takaakira : 13:45 | コメント (0)
2006年・私の10大ニュース
(1)治療費の自己負担額が三倍になった。
扶養家族の家内が週に一回治療に行っているが、そのときの自己負担が
これまで1000円台だったのが、先月から5000円台になつた。
月に2万円の以上の個人負担は厳しい。小泉内閣のとんだ置き土産。
(2)仕事先の岡山で持病の発作。
岡山市での会議で発作が起こり、ホテルで静養したため夜のパーティーを
欠席した。おかげで名物のマツタケを食べそこなった。
(3)深夜に救急医療センターに駆け込んだ。
尿が出なくなって、深夜タクシーで県病のセンターに駆け込んだ。
一人で行ったため付き添いと間違えられた。その後主治医から薬をもらったが、
これがメチャ効いた。岡山での発作は、この薬の副作用だった可能性もある。
(4)この一年、台湾に行かなかった。
家内の体調不良により。いま激動の台湾を見ることができず、ストレス山積。
来春は45回渡台記念として、車椅子で家内とともに行こうと思っている。
(5)古い背広が着られるようになった。
「激やせ」したため、これまで寸足らずで着られなかった背広が着られるよう
になった。廃棄背広復活。おかげで、今年は背広の新調はナシ。
主治医は「激ヤセ」の原因心配している。
(6)11月3日(金)は金婚式だった。
過ぎてから気がついた。子供も身寄りも友人もないので、だれも騒がす、
見過ごしてしまった。とくに感慨ナシ。
(7)ガスボイラーから夜間電力の給湯式に。
昭和36年から44年間ガスボイラーだったが、故障が多いので給湯式に変えた。
すべて順調で正解だった。もっと早く代えればよかった。
(8)台所の「炊事権」をほぼ獲得。
家内の病気のため、私が炊事をするようになった。以前から興味があったので
楽しんでいる。団子汁を多用している。ときどき家内が台所に出てきて指図を
する。「炊事権」を完全譲渡する気はないようだ。女のサガか。
(9)忘年会にいかなかった。
家内の体調のことを理由に忘年会を断ることができてハッピー。
酒を嫌悪する私にとって忘年会は地獄だった。
(10)葉巻の一日喫煙量が6本から4本に激減。
岡山での発作後10日ほど会社を休み、以来葉巻の量が減った。
これまでのように2本を続けて吸うとができなくなった。理由は分からない。
葉巻の喫煙量が減って、身体と財布の健康がよくなるかも。
(次)ピザを食べた
10月に広告で見て「ピザ」を注文した。生まれて初めてのピザに興奮。
なかなかの味で気に入った。以後たびたび注文している。もっぱら海鮮もの。
投稿者 takaakira : 12:57 | コメント (0)
2006年・理由考語大賞
2006年は、もろもろ考えさせられることのみぞ多かりき。
師走に入りしところで、その10大賞を選ぴにけり。
(1)子殺し・親殺し・夫殺し・妻殺し-血は水より薄し
(2)いじめ・自殺-弱者の排斥は「種の保存」のため、とは動物世界のこと
(3)造反復帰-自民党年内ごり押し復帰は、参院のゴリ押し青木勢力誇示のため
(4)チルドレン-復帰反対が過ぎると世の反感をかい、復帰組み造反有利に
(5)安倍政権-支持率発足時70%から、いま50%に…
10で神童、15で才子、20過ぎればタダの人
(6)使い捨て-政治家の定め、安倍総理その第一号か
(7)官製談合-どこでもやってる、ばれたのが不運
浜の真砂は尽きるとも、世に談合のタネは尽きまじ
(8)北朝鮮核実験-9番目の核保有国に、6か国協議で「軟着陸」か
(9)共和党敗退-ブッシュ政権レームダックに、日本語で書くと「差別用語」に
(10)悠仁宮誕生-ほっと一息「皇位継承問題」-女性天皇の出現は?
(次)耐震構造偽装-姉歯さんなにしてる、ノドもと過ぎれば熱さを忘れる
投稿者 takaakira : 11:15 | コメント (0)
2006年11月24日
台湾の汚職摘発合戦
台湾の陳水扁総統夫人が5000万円(日本円)の「総統機密費の私的流用」で
起訴されている。
この一連の動きをみていると、役人の「汚職天国・台湾」で、なぜ陳総統の
側だけが責められるのか「汚職本家」の国民党はどうなのかという疑問を感じる。
台湾では議員を初め高級公務員には、その給料と同額に近い「機密費」が
支給されている。国民党系の公務員も同様である。
この「機密費」は本来は「領収書」は必要ないことになっている。
「機密費」の領収書があれば、政治や行政の「機密」の部分が明るみに
出ることになり、いわゆる「機密」が守れなくなる。
機密費の「領収書不要」は、政治の「必要悪」であり、世界の常識でもある。
ところが、これをよいことにして「機密費」を私的に流用するものがいる。
陳総統夫人の件もその一つ、ということになっている。
国民党のものでも、同様なことをしていると聞いているので、なぜ国民党を
追及しないのかと、台湾の友人に尋ねた。
その友人が言うには、当然国民党もやっていて、その金額は陳総統夫人の
ものより一桁も二桁も上で、こんどの陳総統夫人の「流用」は国民党のに
比べると「赤子」のようなものだそうだ。
野党の親民党の宋楚瑜主席が国民党秘書長(幹事長)のとき、10億円単位の
カネを米国の自分の子供に送金した疑惑は有名。
この追及はウヤムヤになっている。
それだのに国民党が「安全」なのは、国民党は立党以来「公金の流用」を
やり続けてきているので、いまさら追及でもないだろう、という国民感情が
あるからだろうという。
台湾人は、国民党の「不正流用・汚職」には、免疫になっているのだろう。
つまり国民党なら許されるが、民進党は許せない、ということである。
なんともやりきれない社会であり、不公平な政治である。
陳総統夫人の機密費流用問題の追跡は、主に国民党系の新聞で連日報道
されていて、日本では陳政権だけが「腐敗」しているとみる人が少なくない。
ところが、台湾ではそろそろ「国民党も"同じ穴のムジナ"ではないか」という
意見が出るようになってきた。
陳総統夫人ばかりを責めるのは不公平ではないのか、というのだ。
それまで「領収書なし」で問題にならなかった機密費に領収書をとることにしたのは、
陳総統が総統に就任したとき、政治の透明化の手段として「公約」したものである。
政治の素人の陳総統が「勇み足」をして、それで「自縄自縛」に陥った、
可哀想であるという同情論まで出てきた。
さらに国民党の中でも「この問題が広がると国民党の流用が明るみに出る
恐れがある」と心配する意見が聞かれるようになってきた。
陳総統夫人問題は「やぶへび」になるかもしれない。
そろそろ「蓋をしては…」というわけだ。
そうしたところへ、ついに野党である国民党の次期総統選挙の有力候補である
党主席の馬英九・台北市長の「機密費流用」が明るみに出た。
長い期間、機密費の半分を私的口座に振り込んでいたというのだ。
国民党系といわれる司法も無視することができず、馬市長を参考人招致した。
民進党系のインターネットで、議員閣僚の資産公開の数字を元に
馬英九・国民党主席の資産の増加ぶりを示して「流用」の可能性を指摘している。
それによると、馬・主席が国民党政権下の法務部長(法務大臣)時代から、
現在までの12年間に資産を4330万元(日本円1億5000万円)増加させ、
さらに不動産も3件取得している。
これは、機密費の半額を私的口座に振り込んだ結果である、と断じている。
こうした「暴露合戦」は12月の台北、高雄の二大直轄市の市長選挙を
戦うためである。
陳総統夫人の「流用問題」で、国民党が民進党を攻撃しようとしたものの、
やりすぎると「わが身に跳ね返ってくる」恐れがでてきた。
「天に唾する」「目くそ鼻くそを笑う」となるかもしれないのだ。
さらに、現在立法院にかけられている「国民党の不正資産取得返還」の
問題もある。
敗戦によって台湾に進駐した国民党政府が、台湾に残された日本の資産を
国民党政府、台湾省それに国民党の三者で山分けした。
そのおかげで、国民党は世界一カネモチの政党になった。
この国民党の「取得分」は、一党だけの不正取得であるとして、
その返還を要求する案件である。
立法院(国会)は国民党が過半数を占めているので、この提案は通過しないと
いわれているが、最近の世論調査では70%が「返還」に同意している。
これも国民党に「逆風」となるかも…。
投稿者 takaakira : 11:13 | コメント (1)
2006年11月22日
「国歌」が嫌なのか「君が代…」が嫌なのか
今朝の参議院委員会で、自国の国旗国歌を大切にしない国は、
世界からバカにされる、と自民党の枡添議員が言っていた。
日本人のことである。
日本の国旗国歌は、現在「法定化」されているが、これに対する
学校の式典行事などにおける対応は不完全である。
国旗掲揚、国歌斉唱がすべてで行われているとはいえないのが現状。
確かにわが国では、国旗国歌を大切にしないものが少なくない。
だから、中国の反日デモで日本国旗が焼かれても憤慨しないし、
対抗して中国の国旗を焼くものも出てこない。
これではバカにされても仕方がないか。
しかし、このような国旗国歌を大切にしない態度を、非難する前に、
私たちは次のような視点から検討する必要があるのではなかろうか。
「国歌」そのものが尊敬に値しないのか。
それとも現在の国歌が「君が世…」だからいやなのか。
「国旗」そのものが尊敬に値しないのか。
それとも国旗が「日の丸」だからいやなのか。
一国として国歌国旗の必要は認めるが、現在のわが国の国歌国旗は
戦前の明治憲法下の天皇制の時代のものである。
民主主義社会になり、軍隊を持たない国となったのに、国歌国旗だけは
いまだに「天皇制」をたたえ、アジアを席巻したときにその先頭に翻った
「日の丸」のままである。
もし、敗戦後の社会の変革に伴って新しい国旗国家が制定されておれば、
これに対する国民の「思い」は変わったことだろう。
いまのような「否定的」な態度は生じなかったのかもしれない。
国旗国歌そのものの内容を検討せずに、単純に「国歌国旗だから」という
ことだけでは、国民こぞって大切にしようという心情を期待する方が
無理であろう。
現在、教育の基本法の問題で、このことが論じられているが、これを機会に
国民みんなが尊敬できる「国歌・国旗」をつくることにしてははどうだろう。
投稿者 takaakira : 11:11 | コメント (0)
2006年11月21日
剣の刃渡り・我が卒業単位の取得作戦・昔ばなし
高校生の「単位取得漏れ」が問題になっている。
「単位取得」では、私は血の出るような苦しみと、スリルを味わった。
半世紀も前の古いことだが、いま思い出して書いてみる。
私は旧制の工業専門学校から新制大学の一期生として昭和24年の9月に
地方大学に入り、一年休学して29年の3月に工学部を卒業した。
入学早々から学生運動に打ち込んだため、1、2年の教養課程の
必修科目の単位を4年生まで積み残す始末となった。
残ったのは数学(微分方程式)、物理学、ドイツ語(1年)、体育(講義と実技)
図学の5教科。
卒業年に専門科目と同時に、この5教科の必修単位を取らなければならない。
工学部の採鉱学科という特殊な学科のため、学生数はわずか8人。
ゼミのようなもので、専門学科の単位の取得は楽なものだったが、
教養学科はそうはいかない。
といって、体育講義以外は一回も出席していないのだからタイヘンだ。
まず「数学」、微分方程式という「難しい学科」だから、友人から教科書を
借りて三日間、徹夜で複雑な公式を丸暗記した。正攻法である。
試験の当日は、頭を動かすと記憶が崩れるので、そーっと朝飯を食って、
そーっと登校し、そーっとイスに座り、そーっと答案を書いた。
周囲が2年生ばかりで、だれも話しかけないので、すべて「そーっと」できた。
終わってほっとして頭を振ったら、瞬時に公式が頭から飛び散ってしまった。
爽快だった。「ウオーッ」と声を上げたのを覚えている。
「物理学」は本多光太郎の「物理学原論」が教科書。
教授が旧制の専門学校(工学部の母体)からの人で、私と旧知の関係。
苦境を訴えたら「とにかく教科書を持つて教官室に来い」ということになった。
教科書が使えるので、なんとか問題を解くことができるだろうと、
とりたてて勉強をせずに、ぶっつけ本番で教授室に出かけた。
厚さ7cmもある重たい教科書である。いまでも「古典」と評価されている。
この教科書を挟んで、お茶を飲みながら教授と世間話をした。
いつ試験をするのかと思っていたら、しばらく話して
教授がにやりと笑って「これで試験は終わり」。
えっ、これでいいんですか。
めでたく「物理学」はパスした。
イガグリ頭の教授が「仏」に見えた。
「体育」の講義は、人体の構造がテーマで、講義は詳細を極め、
医学部の組織解剖学の講義のようだった。
医学部からの厳しい講師で、2回欠席したら受験を認めないという。
やむを得ず「皆勤」した。
ところがこの講義、実に面白くて講義が楽しくなった。
当然、試験結果はグー。
「体育」の実技の方は、担当教官が旧制の専門学校からで、サッカー部の
部長だった。
窮状を話したら、旧制の短期間サッカー部のレギュラーだつた私に免じて、
簡単に単位をくれた。
「図学」は専門学科の教授だが、とにかく受験をすれば最低の合格点はやる
ということでOK。
問題は「ドイツ語」である。
私は旧制の中学1年から日本陸軍のの学校に進み、そこでドイツ語をみっちり
鍛えられたので、講義を受けていなくても問題を解くことに不安はない。
ところが、ドイツ語の試験の時間が専門科目の試験の時間と重なったのだ。
同じ時間に、教養と専門の二つの科目の試験を受けなければならない。
なんたる偶然、なんたる不幸。
これには困ってしまった。
幸いなことに、専門科目の教授は私の「ジャン友」である。
この縁を頼りにお願いしたところ、専門科目の試験を私だけに30分の遅れを
認めるので、それまでに教養課程の「ドイツ語」の試験をすませてこい
ということになつた。
どうにか救われることになったが「30分」とは、ちとキビシイ。
当日は、とにかく30分でドイツ語をすませて、教養のカンバスから
専門学科のカンバスまで、数百メートルを人生をかけて走りまくった。
無事に教室に飛び込んで、専門学科の試験を受験した。
息をあえがせている私を、試験場の友人が「深呼吸、深呼吸」といって
励ましてくれた。
少人数のクラスのよいところである。
かくして、なんとか卒業したわけだが、いま思い返してもまさに「薄氷を踏む」
スリルに満ちたものだった。
一時は万策尽きて、もう一年留年しようかと思ったこともある。
教授にお願いしても、その結果に自信がもてなくて、
絶望感にさいなまれたこともある。
毎日が「地獄」だった。
いまでこそ、冗談めかして書いているが…。
それにしても、ヒトとの付き合いの尊さを知らされた期間でもあった。
この経験は、学部の同窓会の会報にのせて、ずいぶん冷やかされた。
投稿者 takaakira : 13:36 | コメント (0)
アドリブ・大相撲九州場所
今場所も外人関取が活躍している。
小結以上の横綱、三役陣の外人は次のとおり。
横綱 朝青龍(1人・100%)
大関 琴欧州、白鵬(2人・50%)
関脇 外人なし
小結 黒海、露鵬(2人・50%)
合計 日本人7人、外人5人(外人42%)
横綱三役12人中、外人勢は42%。5人中2人が外人となっている。
平幕でも30人中7人(23%)、4人に1人が外人関取である。
これでは「日本大相撲」が怪しくなる。
外人勢が日本大相撲を変えるか。
外人勢は人数だけでなく、その他の面でも影響を与えようとしている。
把瑠都(エストニア)の頭髪(まげ)はいまだに大銀杏になっていない。
毛髪の量が少ないうえに、やわらかすぎて大銀杏が結えないらしい。
いわゆる「くわい頭」の関取を、協会は認めるのか。
以前は、髪を結えなくなったら引退となっていた。
それに、毛髪の色も問題。将来「ブロンド関取」が出るかもしれない。
いっそ、髷をやめてしまうか。
毛髪の色はなんとか認めるとしても、肌の色はどうだろう。
親方たちが「有望株」を求めて、際限なく外人の弟子を探しまくると、
いつかは「アフリカ系」の登場となる恐れがある。
かつての小錦や曙まではよいとしても、いわゆる「黒人」はどうだろう。
プロゴルファーの「タイガー・ウッド」からさらに「ビジェイ・シン」のような
「真っ黒」なお相撲さんが認められるだろうか。
それに外人勢が過半数にでもなると、回しの下にショートパンツを
はくようになるかもしれない。
素肌に「回し」は、外国巡業で問題になることがあるから。
ここまでくれば、もう「日本大相撲」の看板は下ろさなければなるまい。
外人勢とは関係がないが、お相撲さんの「回し(褌)」の色も気になる。
昔は「黒または茄子紺(濃藍)」となっていたが、今ではいろいろ。
回しのカラー化の第一号は、私の記憶では郷土力士の二代目「玉乃海」で、
昭和31年の九州場所で全勝優勝したときの黄金色の回しが始まり。
以来カラー化は進み、高見山(東関親方)のオレンジが印象に残っている。
今場所振るわない「安馬」のシルバーも目に付く。
このままカラー化が進むと、いつかは「模様入り」や「柄物」の回しが
登場するかもしれない。二色回しだ。
水玉模様、縞柄、市松模様、チェック柄、絵柄入りなんて「回し」が
土俵を華やかにすることになるかもしれない。
さてさて、日本大相撲の行く手はどうなるものやら…。
投稿者 takaakira : 11:23 | コメント (0)
2006年11月20日
新聞人の選挙報道
福岡市長選に無名?の吉田宏さんが当選した。
まずは、おめでとう。
突然の「五輪誘致」などで「説明なき市政」を非難された山崎広太郎市長を
破っての当選である。
吉田さんは元西日本新聞の編集委員で経済部長を務めたこともある。
本格的な経済記者であろう。
ところで、この吉田さんの出身母体である福岡の地元紙の西日本新聞は、
今度の市長選をどのように報道したのだろうか。
報道機関が「身内」の候補者をかかえて、どのような報道をしたのだろうか。
選挙報道で新聞が特定の候補に力を入れることは「公正」な報道とはならない。
実際の報道を担当する西日本新聞の記者にとって、吉田さんは市長選候補である
と同時に記者仲間でもある。先輩であり、同僚でもある。
「私情」をはさむことはなかっただろうが、完全にそうだったのか。
あるいは、記者仲間で新聞人が公選に立候補することへの反発があり、
これがマイナスに作用したことはなかったのか。
新聞人の性格から見て、この方が強いかもしれない。
といって私は、選挙期間中に西日本新聞をとりたてて注目していたわけではない。
正直なところ、吉田宏さんが当選するとは思っていなかったので…。
ところが「当選」したので、改めて西日本新聞の報道が気になるのである。
古い話だが、秋田市長選で地元紙の編集局長?が立候補したことがある。
中国地方の日本海に面した県のの新聞で、選挙に立候補する動きがある
オーナーの一員が紙面に記事をいろいろ書いて、
新聞協会でも問題になったことがある。
新聞人の「立候補と選挙報道」は難しい。
厳密に言えば、立候補しない方がよいのかもしれないが、ご本人の
「やむにやまれぬ」思いで立候補するのをとやかく言うことはできない。
西日本新聞が、この問題にどのように対応したのか、知りたいところである。
投稿者 takaakira : 13:00 | コメント (0)
2006年11月15日
北朝鮮は「核兵器」を廃止しない
北朝鮮は本当に核兵器を放棄するだろうか。
日、中、韓、露、米の五カ国は、問題の北朝鮮を入れた「六カ国会談」で
北朝鮮に核兵器を放棄させようとしている。
五カ国がすべてこの「放棄」を、絶対に求めているのだろうか。
私には、そうは思えない。
それぞれの国との間に、温度差があるように思える。
現在核兵器を所有している国は、アメリカとイギリス、フランス、ロシア、中国の
五カ国が、いわゆる「公認」の所有国である。
このほかにインドとパキスタンが「非公認」の所有国で、イスラエルは「推定」の
所有国である。
「公認五カ国」の色分けは、西側が米、英、仏の三カ国に対して、
東側は中、露の二カ国で、対等ではない。
これに北朝鮮が加わると、東側も中、露、朝の三カ国となり、
西側三カ国と東西の均衡がとれる。
しかも北朝鮮は、中国の支えがなければ国を維持できない「従属関係」にある。
こんな状況は、中国として悪いことではない。
中国が北朝鮮をコントロールすることができることを前提としてみると、
北朝鮮の核所有は世界の核戦力のバランスにおいて、
中国の地位を高めることになる。
だから私は、中国が北朝鮮の「核兵器放棄」を、本心から要求するとは思えない。
これに備えて、米国はすばやく「非公認核所有国」のインドとの間に核について
技術協力をすることにした。
パキスタンやインドが核実験をしたとき、その廃棄を目的に「経済制裁」を実施した。
しかし現在は、その効果もむなしく、両国の「核兵器」は廃止されていない。
同様のことが、北朝鮮についても起こらないとは断言できない。
「会議は踊る」ではないが、六カ国会議を進めるうちに、結局はこのような状況に
落ち着くのではなかろうか。
現に韓国の一部には、核をもった北朝鮮と統一すると、核を持った統一朝鮮となる
ことができる、と期待する意見がある。
「911テロ」にブッシュ政権ほどのめりこんでいない民主党政府に
米国がなったとき、東アジアのことに米国がこれまでほどに身を入れるとは限らない。
単独覇権の政策から、覇権の「多極化」を目指す新しい政策に、
米国が方針転換をしたとき、アジアにおける中、朝の核保有をの形態を
黙認することはありうる。
一度核を持った国は、絶対にそれを手放したことがない。
南アフリカだけが例外。白人政権から黒人政権に代わるとき、
「黒人に核を持たせない」として、7発の核兵器を廃棄したことがある。
これは例外で、北朝鮮が「核」を手放すことは考えられない。
その方が、核の放棄をめぐって混乱するより、世界の収まりがよい
と私は思っている。
ただし、この場合ロシアが中国との核バランスで、ごねるかもしれないが。
いずれにしても、北朝鮮が「核兵器」を廃止することはありえない。
投稿者 takaakira : 11:24 | コメント (0)
2006年11月14日
ダンスをやめて半世紀
以前「○○しなくてなん十年」というブログを書いたが、
忘れていたものがあったので追加する。
ダンスをやめて半世紀
学生時代、私はダンスが好きだった。社交ダンスである。
学生の間でダンスがはやっていた。
奨学金が出ると、ダンスホールに出かけるものもいた。
私は奨学金がないので、その友人にくっついて行った。
当時のステップははブルース、タンゴ、ワルツ、ジルバ、フォックストロット
ぐらいで、それほど難しくなかった。
すべてドクガクである。下宿で友人から習ったりして覚えた。
暇があると踊ったものである。
ロングスカートの時代で、ジルバでくるりと回る女性のスカートを見て楽しんだ。
それを私は、就職と同時にあっさりやめてしまった。
大分に帰って、踊る機会がなかったからかもしれない。
もともとリズム感が悪くて、下手だったこともあるかもしれない。
とにかく、以来50年、ステップを踏んだことはない。
ときには別府のバーで、チークダンスをすることはあったが、
ダンスというほどのものではない。
マージャンをやめて半世紀
これも就職と同時にやめた。
別に理由はない。
昭和20年の終戦直後、大家さんの家で「セブンブリッジ」がはやり、
毎晩のように集まって、夜遅くまで楽しんだ。
そのうちに、トランプを使ったマージャンをするようになり、
やがて本パイを使うマージャンとなった。
学生時代は、暇を見てはというより、マージャン中心の生活をしたこともある。
下宿の近くに担任の教授の家があったので、そこでおおいに楽しんだ。
「家庭マージャン」で、金銭は動かないが、それでも楽しかった。
そのおかげか、卒業のとき専門科目の「単位」をもらったことがある。
「芸は身を助く」である。
ポンが好きで「ポン太郎」なんていわれたこともある。
たいして上手ではなかった。
モーパイなんてとても。せいぜいパイパンが分かる程度。
就職してから一度もマージャンをしたいと思ったことはない。
理由は分からない。
仕事の方が面白かったから、なんていっても信じてはもらえまい。
運転免許をとらずに一生涯
私は生涯「無免許」である。
といって、クルマに無関心というのではない。
人一倍クルマ好きである。
学生時代、東京でゴロゴロしているとき、
皇居前の占領軍のマッカーサー司令部によく出かけた。
ここには、いろいろなデザインのクルマがやってくるからだ。
葉巻を三本並べたようなスチュードベーカーや、アンコウが牙をむいたような
ラジエーターグリルのビューイック、前輪がフェンダーで完全に覆われている
ナッシュなど、いまは亡き名車、珍車を見たものである。
工学部出身として、クルマのメカにも大いに関心がある。
いまもこの関心は変わらない。
ある外車のディーラーと話したとき、私がクルマに詳しいと思ったのか、
最近まで新車案内や、キー同封の試乗案内がきていた。
さすがに、ここ数年こなくなった。
一度だけ運転免許の筆記試験の問題をみたことがある。
文章として、もって回った落とし穴だらけの悪文がイヤになった。
だから免許を取らないというわけではない。
60歳を超えた姉が一発で免許を取ったときも、私は動じなかった。
いまでも、インターネットでクルマのあれこれを調べることがある。
投稿者 takaakira : 14:11 | コメント (0)
2006年11月12日
ヒトはなぜ「CLOSE」を押す?
エレベータに乗ってすぐに「CLOSE」のボタンを押す。
扉が閉まって、乗り遅れたヒトが残念そうな顔をするのが見える。
可哀そうに。
エレベータから出るとき「CLOSE」のボタンを押す。
というより「CLOSE」のボタンを押してから出て行く。
扉が閉まって、乗り遅れたヒトの無念の形相が見える。
ボタンを押さなければ、みんなエレベータに乗れるはずだった。
それだけエレベータの昇降回数が少なくてすみ、電力の省力化になる。
東京の旧郵政省の本省ビルのエレベータは「CKOSE」のボタンを
封印している。ドアの開閉はエレベータに任せだ。
おかげで、エレベータの電力代が、一割節約できると聞いた。
部屋の出入りのとき扉を閉める。
こんな躾を子供のときに受けてきた。
が、これを無意識にエレベータに持ち込むことは、いかがなものか。
こんな「礼儀正しい」ヒトを見ると、私はどやしつけたくなる。
オマエは躾を守って気分がいいかもしれんが、おかげで乗りそこなうものが
いるんだぞ。その分、会社に余分に電気代を払わせているんだぞ。
オマエは会社の害虫だっ!!
いつか、声に出して言ってみたいが、その勇気がないのが悲しい。
投稿者 takaakira : 13:16 | コメント (0)
2006年11月11日
昭和16年1941年・私は馬糞を拾っていた
「馬糞」とは「馬のクソ」のこと。「ばふん」という。
その当時、大分市金池小学校の東側に、私たち5年生の学級の菜園があった。
いろいろな野菜を作っていた。
毎日放課後に全員でその畑の世話をしていた。
耕したり、タネをまいたり、苗を植えたり、間引きをしたり、虫を取ったり、
肥料をかけたり、いろいろな作業があった。
なかでも人間の「糞便」を肥料にまくのがたいへんだった。
化学肥料は一切使わない。
学校の便所から「糞尿」を汲み取って、天秤棒で担いで菜園まで運んで
野菜にかける。
ライスカレー?のようなどぶどぶしたなかに、新聞紙が混じっている。
戦時中の物資不足で、ちり紙の代用の新聞紙だ。
当時は新聞紙は貴重なものだった。
台湾から転校して、人間の「糞尿」なるものを初めてじっくり見た。
臭くて汚くてたまらない。
この糞便が入った桶を天秤棒の両端に吊るして、歩くわけだが、
重たい上に中身がゆれてちゃぼんちゃぼんと、桶の外にこぼれる。
それが足や衣服にくっつく。こりゃたまらん。
「汚いっ」なんて言おうものなら、担任のK先生からものすごいゲンコツを食らう。
「お百姓さんの苦労を思え」と。
台湾から帰って、まさに衝撃的なカルチャーショックだった。
これに比べれば「馬糞拾い」の方がずっとよい。
当時は荷物を運ぶ「荷馬車」が町を行き来していた。
市街地内の荷物の輸送は、もっぱら荷馬車が担っていた。
各家庭の人糞を入れた桶をいくつも積んでいく馬車もあった。
荷馬車の車輪の外側ににはまっている鉄の輪が、道路の砂をふみつぶす
「びしびし」という音が印象的だった。
当時の大分市の舗装道路は、電車通り(中央通り)と竹町商店街それに
中島幹線道路くらいのものだった。
その馬が道路に堂々と糞をたれる。
歩きながら、尾を上に上げて大きな糞を、どたどたと落としていく。
野球のボールほどの大きさで「黒砂糖饅頭」のお化けのようなものが
5、6個づつかたまっている。小便のときは、なぜか止まってしていた。
繁華街の道路のど真ん中に、湯気が立って出来立てほやほやで
つやつやした馬糞が転がっていることは珍しいことではない。
だれも始末をしないまま、やがて乾燥して藁になって風で飛び散ってしまう。
環境汚染にはならないのだろう。
私たちは、藁になる前、まだほやほやの馬糞を見つけて拾う。
菜園の肥料にするためだ。牛の糞は肥料にならない。
一人づつ竹篭を抱え大きな火バサミをもって、放課後に町に散っていく。
あちこちに馬糞が転がっているので、1時間もしないうちに籠は馬糞で
いっぱいになる。
それを学校に持って帰って「堆肥小屋」に入れて仕事が終わる。
馬糞でいっぱいになつた籠を、腹と両手でささえるので、馬糞が衣服に
つくことは避けられないが、不思議と馬糞を汚いと思ったことはない。
少し乾いている馬糞は、素手でつかんで籠に入れていた。
匂いもそれほど不快ではない。
黒砂糖饅頭のようで、美味しそうにさえ思うことがある。
こうして育てた野菜はを、私たちか売りに行く。
馬糞を入れた籠を洗って、そのなかにとれた野菜を山積みに入れて
売りに行くのだ。別に不潔だと思ったことはない。
手当たり次第に家に入って「これ買って」というと、ほとんどの家が買ってくれた。
これは楽しかった。
先生が「きようは野菜を売ろう」というと、嬉しくなった。
売値は先生が大雑把につけて、あとはそれぞれが決めればよい。
値切る家はなかった。
「ご苦労さん。元気でがんばれ」と励ましてくれた。
ついでに小遣いをくれるほど甘くはなかった。
一回一人が3円ほどの売り上げだった。
学級の費用に当てていたようだ。
昭和16年は、日本が世界最高の文明国である米国と戦争を始めた年である。
そのとき日本国内で、私たち小学生は肥料のための「馬糞拾い」をしていたのだ。
いま思い出して、なぜか愉快になる。
投稿者 takaakira : 13:28 | コメント (0)
2006年11月10日
日本は「法治国家」なのか
先進国は当然「法治国家」である。
人によって法の適用を曲げることはしない。
中国はどうだろう。
「法治国家」と断言するには、ちょっとひるまざるをえない。
米国は同だろう。
民主主義の先端国といわれるから「法治国家」といってよいだろう。
台湾はどうだろう。
ちょっと難しいところだ。国民党の汚職に甘くて、民進党の汚職には厳しい。
「法の公正」という点でひっかかる。
日本はどうだろう。
当然「法治国家」だというつもりだったが、最近それがおかしくなった。
郵便局強盗事件の犯人の警察官の「指名手配」で、警察当局が写真を出さない。
一般庶民の場合の指名手配では写真公示は当然である。
写真がないと、強盗犯人(容疑者)が隣に座っていても、市民は気がつかない。
当然犯人発見の協力はできない。
「指名手配」はその目的を果たすことができない。
だのに、なぜ写真を出さないのか。
しかも、その理由がはっきりしない。
まさかこの犯人が、同僚の警察官であるため、仲間意識が働いたのか。
個人情報保護法を「厳密」に適用したのか。
それとも写真をすべて紛失したのか。
事件発生の場所と犯人の住所の警察の管轄がことなるから、
なんてヘンな理屈も聞いた。
とにかく犯人の写真を出さなくては、
指名手配をしても国民の協力は得られない。
それでもかまわん、というのかな。
なにかすっきりしない。
実はこの警察官はすでにどこかの署で「確保」していて、
いまそれをどう処理するかで当局が悩んでいるのかな。
と勘ぐりたくなる。
それならば、写真を出してまでして庶民の協力を期待することはない。
犯人は捕まっているのだから。
これならば写真を出さない理屈が通る。
となると「指名手配」は、事態収拾のセレモニーなのか。
人品の卑しい私は、こんなことを想像している。
これで日本が「法治国家」というのは…。
投稿者 takaakira : 11:08 | コメント (0)
政府御用達の「さくら」がいた
小泉内閣で鳴り物入りで始めた「タウンミーティング」のヤラセ問題。
驚くことではない。
ヤラセでなくガチンコだった方が驚きだ。
お役人に、このミーティングで国民の真の声を聞こうなんて「熱意」を期待する方が
純真すぎる。
いわゆる「真の声」で主宰者が追及される事態になったら、お役人にとっては
まさに重大事である。
ミーティングの後、その責任を問われ、成績に傷がつく。
とにかく「無難」に終わることのみに情熱を注ぐのがお役人である。
わが国の株主総会のようなものだ。
それにしても、政府御用達の「さくら」がいたとは…。
政府も大道香具師と変わらないではないか。
政府主催のこの手の行事に、国民は期待をもってはならない。
ハスに構えて、シカトするにしくはない。
投稿者 takaakira : 10:36 | コメント (0)
2006年11月09日
世界唯一の「核使用国」
最近「非核三原則」がいわれている。
佐藤内閣で沖縄返還を果たしたときに、佐藤首相が日本の核開発にたいする姿勢、
原則をこのように表現した。
核を待たず、作らず、持ち込まずの「非核三原則」である。
ところで、いまこの原則が我が国内で厳守されているだろうか。
国民は、厳守されていると信じているだろうか。
わが国が核を「持たず、作らず」の二点は守られていることは明白?だが、
わが国に「持ち込まず」の方はどうだろう。
わが国が米国の「核の傘」のもとで守られていることは、在日米軍が日本国内に
核を持っていることを意味しているのでは…。
「核なし」の在日米軍では「核の傘」にはなりえない。
日本人は核を「持ち込まず」は、守られていないとの暗黙の了承のもとに
「非核三原則」を十年一日のごとく繰り返しているのである。
これが政治というもんだろうか。
もう一つ、わが国は世界で「唯一の核被爆国」であるということ。
世界のどこかで「核問題」が起こると、決まってこのことが言われる。
といって、それによってわが国が核廃絶に積極的に動くわけではない。
ただ「唱えている」だけである。
なんとも空虚な宣言ではある。
この宣言「世界唯一の核被爆国」の宣言に、重みをもたせるためには
それに基づいた「行動」をしなければならない。
その第一歩は、わが国を「核被爆国」にした「国」の責任を明確にすることである。
どこの国が、日本人に対して世界で唯一核兵器を使ったのかをである。
世界唯一の「核被爆国」があるということは、同時に世界唯一の「核使用国」が
存在するということである。
核を使用して「人体実験」をした国があるということである。
その責任を追及せずに「核被爆国」を訴えるだけでは、弱虫の泣き言になってしまう。
「世界唯一の核被爆国」だけでは、世界は動かない。
それだけでとどめるならば「核被爆国」なんていわないほうがよい。
世界に対してなんの影響も与えないから。
そんな「核被爆国」は、もう聞き飽きた。
このあたりで、考えるときがきたと私は思っている。
投稿者 takaakira : 10:45 | コメント (0)
2006年11月08日
「チルドレン」の退場を期待する
小泉前首相が新人議員の「チルドレン」に対して「使い捨てを恐れるな。甘えるな」と
一喝したことは、まことに溜飲が下がった。
さすが小泉さんである。
最近「チルドレン」たちが、自民党が郵政反対で離党した議員を復党させる動き
をしていることに反発して、いろいろやっている。
私はこれをかねてから苦々しく思っていたが、ブログする気にもならないまま
放っておいた。
そこに小泉さんの「一喝」である。
私も黙っているわけにはいくまい。
自民党の「復党劇」の批判はさておいて、私はこの結果「チルドレン」たちが、
一人でも多く落選することを期待している。
とにかくチルドレンは、国会議員として「質(しつ・たちではない)」がよくない。
彼らの登場で、国会議員の品格がどれだけ損なわれたことか。
これまででさえ「品格」のない議員が少なくないのに、チルドレンはそれを
さらに倍加してくれた。
私の国会に対する思いは、もはや絶望的である。
国会議員になることを本気で熱望していない若造が、闇夜に石に躓いたように
「ああびっくりした」で比例区で当選してしまった。
国会議員になりたいばかりに、あちこちの党に声をかけてきたものもいる。
見かけからして「国会議員」にそぐわないものも。
女性閣僚をめぐる激しい争奪戦。これが「甘え」の最高。
それに、なんといつても「オレよりつまらんヤツ」が、
議員になっていることが許せんのだ。いまの議員にもそんなヤカラがいるのに。
そんなこれやで、私はチルドレンが一日も早く国会から姿:をことに「願」をかけてきた。
国の恥をなくして私のストレスを解消するために、チルドレン退治をしたかった。
「一寸先は闇」の政界、約束無視、前言翻転の世界に入って、なにをいまさら
「使い捨てはダメよ。約束守って」なんて女々しいことを言うのか。
そのための「勉強会」までするという。
「甘え学」でも学ぶのか。
といって、親の後をついで小娘のような女性が、国会議員になっているのも許せない。
こんな「二世議員」がどれだけいるか。過半数を超えているかもしれない。
これでは、金一族の世襲を非難されている北朝鮮と変わらんではないか。
ついでに言えば、有名な財閥の御曹司の資産がわずか数億円。
こんな資産公表だれが信じるか。それも個人情報保護法とやらで
中止する動きがある。
とにかくいまの政界、腹の立つことばかり。
いちど「ガラガラポン」でもしないと「日本国」は救われない。
投稿者 takaakira : 11:33 | コメント (0)
2006年11月06日
「チャイニーズタイペイ」てどこのこと?
世界女子バレーの第一次予選は、日本が4勝1敗で通過した。
よかった。
それにしても台湾の全勝にはびっくりした。
日本の女子は強い。
予選の5戦を、中一日の休みで戦い抜いたのだから。
初めの2戦の後一日休んで、後半を一気に飛ばして3連戦。
休む間もなく最後は最強のポーランド戦。
疲れたようすもなく、戦い勝ち切った。
女子は強い。
参加チームの国名で「チャイニーズタイペイ」が気になった。
「台湾」のことをなぜ「チャイニーズタイペイ」というのか。
台湾がオリンピックに参加するとき、台湾嫌いの中国の諒解をうるために、
便宜的につけた呼び名のはず。
バレーにまでもちこむことはない。
なのに、この大会をサポートする東京放送TBSが、
終始「チャイニーズタイペイ」で通しているのは理解できない。
新聞では堂々と「台湾」としているのに。