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2008年11月26日

飲酒運転撲滅は「技術」の問題である

飲酒運転事故が絶えない。
「乗るなら飲むな、飲んだら乗るな」なんて標語などで、ドライバーの
自覚を促して、飲酒運転を少なくする努力が行われている。
実際問題としてこれで「効果」があがるのだろうか。
疑問でならない。

飲酒運転とは、酒を飲んで運転することである。
ということは、運転する前に酒を飲んでいることである。
酒を飲むといい機嫌になり、自制力が低下するだけでなく、窮屈なことには
反発するようになる。
法規制などは、その「反発」の格好の対象である。
「乗るなら飲むな?」なんて、しゃらくせえこと言うな、となってしまう。
日ごろの「教育」の効果なんて、消し飛んでしまう。
それがお酒のせいなんだ。

そうなんだ、飲酒運転防止の「教育」は「しらふ」のときには有効でも、
酒の世界ではとんと「無力」となってしまうんだ。
教育などによるややこしい「規制」を忘れさせるのが「お酒」なんだ。
こんなことだれでもわかっているし、大なり小なり自らも経験しているはずだ。
それでも、相変わらず飲酒運転防止の「教育」は、続けられている。

そんな「無駄」な努力はせずに、酒を飲んだら運転できないようになっている
クルマの開発に全力を挙げるほうが、よっぽど効果的ではないのか。
現在の技術レベルで、この開発はたいしたことではないはずだ。
技術者とお役人の「怠慢」としか、いいようがない。

政府が期限を決めて、そのときまでに「飲酒運転防止システム」を完成させ、
以後はそのシステムを搭載しないクルマの製造を禁止するべきである。
ここまで追い詰めると、きっと「酒飲めば動かないクルマ」が完成するだろう。
飲酒運転防止教育なんてまったく不要、安心して暮らせる社会が来る。
北欧などでは、すでに実現していると聞く。

「飲酒運転防止」はとにかく「技術」の問題である。
「こころ」の問題ではない。
そう考えることに、なんか問題があるのか???


投稿者 takaakira : 10:40 | コメント (0)

2008年11月25日

空幕長論文問題の本質を外すな

前空幕長の論文問題の議論が、的外れになっているので、
当時の私のブログを再掲して「軌道修正」を期待する。

問題は、彼が「なにを言ったか」ではなく、外部に「発表」したそのことにある。
ここのところを外すと、コトは彼の主張の評価をめぐる論議となってしまう。
「兵は凶器である」の自衛隊の恐ろしさを認識することがなくなってしまう。
この「発表」自体を問題として、徹底的に自衛隊を「粛軍」すべきときである。


2008年11月12日

兵は凶器なり・やがてクーデターが・国民よ目覚めよ

11日の参議院の参考人質疑で、前空幕長は国会議員を前にして、
「私の書いたものは、いささかも間違っていない」
「憲法は間違っている。改正すべきだ」
「国民に不安を与えたというが、ヤフーで58%が私を支持している」
「自衛官にも言論の自由がある。言論統制はおかしい」
など、とうとうと述べ立てた。

この場面をテレビで見ていて、私は慄然とした。
前空幕長が背広だったため、ことの重大性が政治家には理解できなかったようだ。
彼に制服つまり階級章をつけた「軍服」を着せて、このシーンを想像してみよう。
まともな政治家ならきっと「慄然」とするはずである。
「背広」にたぶらかされたプアーな政治家でも、「軍服」を着た軍人が、
国会内で議員を相手にこれだけのことを吼えまくったとしたら、
自衛隊というものが恐ろしくなることだろう。

それでも恐ろしさを感じない人は、バカな政治家としかいいようがない。
今回のことで危機意識において、情けないことに麻生総理はどうやら
この「バカ政治家」に近いようだ。

さらに怖いのは「私が指揮をすれば1000人以上が応募する」との発言だ。
論文募集に応じる自衛隊員のことについての発言である。
この人物の「私的」な指揮に応じる隊員が1000人以上もいると自慢しているが、
このことは、クーデターの基本形ではないのか。
軍組織を離れて、指揮官の私的な命令に従うことは「クーデター」の基本形
であることに、なん人が気づいているのか。

クーデターは、指揮官個人の「カリスマ性」に負うところがおおきい。
「226事件」における、安藤輝三大尉がそうだった。
前空幕長は、国会で「クーデター」の可能性をほのめかして、
政治家を脅したと、とれないこともない。
武器を持った唯一の組織の長のこの発言は「脅迫」と受け取って、
厳しい処置をしなければ、将来に禍根を残すことになる。
「兵は凶器なり」を、じっくり考えねばならない。

このあたりの感覚は、いまの政治家にはまったく欠けている。
発言の「内容」ではなく、発言した「公表」したそのことが「危険」なのである。
発言内容を論じれば、前空幕長に「論議」のチャンスを与えることになる。
こんなことも分からない政治家が、私は情けないというより、憎くなってくる。

自衛隊には「言論の自由」はない、ということを徹底すべきである。
前空幕長のような意見を公表したければ、自衛隊を辞職してから行うべきである。
その組織の禄を食みながら、その組織を否定するような言動をすることは、
「武士」として、もっとも恥ずべきことである。
その意味で田母神なる人物は「武人」ではない。
そんなものが空幕長職にあったことは、自衛隊の歴史の一大汚点である。

総理を護衛する護衛官(SP)が、
外部に向かって「オレはこの総理の考えは間違っていると思う」とか
「SPでも言いたいことを言う権利がある」などといったり、
そのような文章を公表したとする。
守るべき総理を否定するようなことを、外部に公表するようなSP。
こんなSPに、安心して総理の警護が任されるのか。
油断すると総理は、SPから暗殺されるかもしれない不安がつきまとう。。
インドのガンジー翁の暗殺がそうだった。

さらに、このような危険人物を「放置」してきただけでなく、
自衛隊三軍のトップにまで引き上げたことである。
そんな自衛隊の組織が問題である。
そのうえ、自衛隊員の士気を向上させるために、
現在の政府の方針、見解を「自虐史観」として否定する教育を長い間、
隊内で行ってきたことも問題である。

これは、クーデターへの「思想訓練」であるといえるのではないのか。
自衛体内には、こうした教育によって、第二第三の「空幕長」が
育っているのではないのか。不安でならない。
私も「嗜虐史観否定論者」だが、それを自衛隊で教えていたとは恐怖である。
政府や国民が、今のような貧弱な甘い対応をしていては、
クーデターが、妄想ではなくなる日がく、やがてるのではないか。
80歳目前の私は、その日まで生きていたくない。

「226事件」後に、梅津美次郎将軍による「粛軍」が強行され、
クーデターの根底まで徹底的に破壊された。
それほどの気概で、ことの処理に当たらねばならない。
余談だが「梅津将軍」は大分の人である。

投稿者 takaakira : 13:34 | コメント (0)

投稿者 takaakira : 11:03 | コメント (0)

2008年11月22日

麻生さんの英会話のレベルは…

わが国の総理大臣である麻生太郎さんの「国語力」が話題になってる。
ところで、麻生さんは、英語が出来るそうだ。
テレビで世界の人士と英語で話しているシーンを見ることがある。
「ほうほう、麻生さん結構英語を話してるじゃないの」といいたいが、
自国の「国語力」がおかしいとなると、さて「英語力」のほうも…と疑いたくなる。

「英語を話す」といっても、そのレベルはどうなのか。
日本人は、翻訳能力は高度な専門クラスでも、会話能力は小学校クラス
という例が少なくない。かくいう私がそうである。

私はこれまでに仕事として、米国の科学アカデミー総裁の「科学時代」や
米国ハーバード大のモービウス教授の「丹生石器の論評」などを辞書を片手に
翻訳して新聞紙面に載せたことがある。
ところが、「英会話」となるとサッパリ、幼稚園クラスがやっとというところ。
大学の英語の講義で、英文学の名作をテキストに用いたが、
これを「朗読」されると、まったく分からない。翻訳は出来るのにである。

そこで麻生さん、たしかに米国などに留学はしたが、
外交の場で各国首脳と渡り合うほどの「会話」ができるのだろうか。
それほどでなくても、晩餐会などでどれだけ「実」のある会話が出来るのか。

言葉は情報交換の「道具」ではなく「文化」の表現なのである。
私の英会話の世界における文化は「幼稚園クラス」ていうことである。
その国の文化に対する理解がなければ、相応の「会話」にはならないのである。
この点で、麻生さんはどうなのか。
語彙はそこそこあっても、文化としては「小学生クラス」の会話となっていないか、
心配である。

そうだったら、なまじ英語で話したばっかりに、
麻生さん本人の「文化的教養」が見下されることになりはしないか。
そう思うと、会話する麻生さんをテレビで見るのがつらくなる。
「また日本国民がバカかにされてるんでは」ということを恐れるのである。
麻生さん、出来るだけ「通訳」を利用してください、国のため…。

投稿者 takaakira : 12:37 | コメント (0)

中日WBCに一兵も出ず よかったねっ!原監督 

原くん。
きみは、まさかWBCで優勝なんて狙ってないだろうね。
きみが優勝しては、王さんに悪いよ。
WBCはきみレベルの監督でも優勝できるんだ、ということになって、
王さんの優勝にケチがつくんだよ。
前回の優勝の価値ががた落ちになるんだよ。
原くんよ、きみは王先輩の名誉のためにも、こんどのWBCは
勝っちゃあいけないんだよ。

それにさ…。
また日本がことしも続けて優勝すると、世界の野球の元締めであるアメリカの
カオをつぶしてしまうことになる。
初回から二年連続で「優勝」を逃すようでは、このWBCを提唱した米国として
イヤケがさしてしまうかもしれない。
米国球界のWBCへの「熱」がさめるかもしれないのだ。
そして来年三年目からは、米国はプロ野球選手は出場させないなんてことに
なるかもしれない。
WBCが「二流」の大会となってしまうのだ。

原くん、ことしのWBCでは、うっかり「優勝」なんて、やってはならないんだよ。
ま、きみの「実力」では、優勝なんてできっこないがね。
そこでだ、こんどの「中日不参加」は、日本が負けたときの、
きみの弁明の絶好の理由となる。
中日から強力な選手を得られなかったから…、といえばみんな納得するよ。

原くん、きみは「理由ある敗戦」ができるのだ。
きみは負けても、だれもきみを非難することはない。
北京五輪後の「星野君」のような仕打ちを受けることは絶対にない。
こんどの中日の「不参加」で、きみはこんな楽々の立場になったのだよ。

原くん、きみにとって、今度の「中日不参加」は、まさに天佑なんだよ。
負けの責任を、他人に押し付けることができるんだから。
それを知って、嬉しさの余りテレビで涙を流したんかな。原くんよ。
ワシには「嬉し涙」に見えたがな…。

さあ原くん、勝つことなんか考えず、のんびりやってきてくれよ。
弁明のネタはしっかりあるからね。
これで、王さんもアメリカさんも、大満足。
きみも面子が立って、みんな結構な結末となる。
きみは中日に足を向けて寝られんぞ。

WBCの監督問題で「星野くすぶり」の中、
初めから「原監督」を推し続けていたワシとして、
たいへん良い結果となり、こんな嬉しいことはない。
嬉し涙を滂沱のごとく流したが、テレビでは映してくれなかった。

投稿者 takaakira : 11:03 | コメント (0)

2008年11月21日

ウィキペディアの金融用語解説で五里霧中

金融商品………日本の法令上、金融商品取引法(金商法)により規定される概念で
          あって、有価証券・外貨取引・金融デリバティブなどを包含する
          概念である。

金融工学………資産運用や取引、リスクヘッジ、リスクマネジメント、投資に関する
          意思決定などに関わる工学的研究全般を指す。

ヘッジファンド…公募によって一般から広く小口の資金を集めて大規模なファンドを
          形成することを指す通常の投資信託と異なり、通常は私募によって
          機関投資家や富裕層等から私的に大規模な資金を集め、
          金融派生商品等を活用した様々な手法で運用するファンド
          のことを指す。

デリバティブ……伝統的な金融取引(借入、預金、債券売買、外国為替、
          株式売買等)や実物商品・債券取引の相場変動によるリスクを
          回避するために開発された金融商品の総称である。

CDS……………Credit default swap
           クレジットデリバティブの一種で、債権を直接移転することなく
           信用リスクのみを移転できる取引である。最も取引が盛んな
           クレジットデリバティブのひとつ。頭文字をとって「CDS」と呼ばれる
           ことが多い。(私見:コイツが今回の金融恐慌の元らしいぞ)

突然起った金融恐慌は、なにがどうなっているのか、さっぱり分からん。
そこでいつも頼りにしている「ウィキぺディア」ちゃんにご出動願って、
金融経済のお勉強を始めた。
その手始めに、ウィキペディアで「金融用語」を調べた。
その一部をここに載せた。

さっぱり分からん。
ますます混乱、五里霧中に陥ってしまった。
これでは、いまの金融恐慌を理解するなんて、まったく不可能だ。
もうちょい、レベルを下げた解説が欲しい。
ウィキペディアの解説を理解するために、その下のウィキペディアが欲しい。
我が能力はこんなもの。
麻生さん、字を読めんくらいで、ガッカリせんでよいぞ。

それはそれとして、タダの情報は、こんなもんかな。
文春新書に、やさしく面白い「金融工学」の解説本があった。
カネダシテ買うといい。
これ以上書くと本の「宣伝」になるので…   

投稿者 takaakira : 13:33 | コメント (0)

2008年11月20日

元高級官僚襲撃事件で苦悩するこの私

厚生官僚の元トップが二人も襲われた。
年金問題のからみだろうか。
いろいろと論議されている。
警察ジャーナリストや警視庁の元捜査課長、公安責任者だった人、
いろいろな「専門家」が登場して、事件の状況などを詳しく解説してくれる。

それを聞きながら見ながら、私の想像はどんどん広がる。
この事件を拡大すると、日本はどうなる、深刻な問題…
というところまでは、普通の人と同じだが、それから先がオカシクナル。
「深刻さ」が異なってくるのだ。

ブログに書きたいが、あまりにも聖人君子の評論家が多い日本で
そんなこと書いたら、袋叩きに会うかもしれない。
一生立ち直れないほどの打撃を受けるかもしれない。
だから、この私の「想像」は、ブログには書けないのだ。
でもでも、我慢しきれなくなって書いてしまうかもしれない。

ああ、書きたい。書きたい!!
テロが踊る日本への想像。
非難しながら、救いを見出すなんて、自分に腹が立つ。
この気持ち、どうにかならんのか。
テレビ時代劇の「ふじたまこと」でも訪ねてみようかな。
そして、腹をくくってブログするか!!!!!!

投稿者 takaakira : 12:07 | コメント (1)

2008年11月18日

先進侵略国首相の反省談話要旨

[日本・村山富一首相談話]

(前略)わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで
 国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、
とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。
私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を
謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの
気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外のすべての犠牲者に
深い哀悼の念を捧げます。(後略)

[英国・首相談話]

 (前略)歴史的な流れとはいえ、かつてわが国は世界に、とくにアジアとアフリカに
 多くの植民地をつくり、その地方の民族を虐待、搾取しました。とくに支那に対しては
 阿片を利用して「阿片戦争」を作為的に起こして、香港島を強奪し、さらに支那の
 各都市に租界を設定するなど、支那の国民を侮辱虐待搾取しました。
 こうしたわが国の非道を、中華人民共和国は責めることをせず、わが国が香港を
 返還することで、水に流してくれたことを、深く感謝して、これからはこのような
 人道に反する国策をとらないことを誓います。日本がいまだに中華人民共和国から
 侵略の責任を追及されているのに比べて、わが国への寛容な対応に感謝します。
 と同時に、わが国が欧米諸国と共謀して、中近東とアフリカに恣意的に国家を
 でっち上げたことが、現在の民族紛争と国際テロの原因となっていることも、
 深く反省いたします。(後略)

[米国・大統領談話] 

 (前略)わが国は19世紀、スペインとの戦争に勝ってスペイン領のフィリピンを
 植民地としました。そのためにフィリピン人民と戦い、60万人のフィリピン人を
 殺害したことを深く反省します。さらにアジアにおける日本の進出を阻むため、
 あらゆる経済的圧迫を加え、日本をして戦闘行為をとらざるを得ないところまで
 追い込んで太平洋戦争を引き起こすことになった責任を恥じています。
 その日本に対して、人類史上もっとも残虐な原子爆弾を投下したことは、
 わが国として拭い去れない人道上の汚点であります。その原爆投下が、
 太平洋戦争における戦略上の必要性よりも、原爆の効果の生体実験の目的が
 重視されたことを、白状してお詫びします。このために、どれだけ多くの日本人が
 絶望的な苦痛にさいなまれることになったか、いかにお詫びしてもその罪は
 軽くなりません。この日本国民に対するわが国の犯罪行為はイエスキリストも
 許さないでしょう。(後略)

[中国・首相談話]

 (前略)わが国の古き元王朝時代に、倭国に対して攻撃を行ったことは、
 それを正当化する理由が見つかりません。深く反省します。その侵攻の途中
 対馬において、住民の手掌に穴を開けて数珠繋ぎにして、船側にぶら下げるなど
 の残虐行為を行ったことは、慙愧に耐えない行為であります。このときから
 あまりにも時がたちすぎているので、被害の方々に弁償することはかないません。
 せめてお詫びを捧げて、二度とこのような残虐行為は行わないことを誓います。
 先日のチベットにおける騒動への対応においても、でこの点を配慮しました。(後略)

以上、日本、英国、米国、中国の首相談話を入手した。
このほかに、スペインのインカ帝国侵略やイタリアのファシスト政権による
エチオピア侵略などの反省談話がある。また英仏独によるアフリカのミーラなどの
史跡遺物の強奪についても触れている。支那の元王朝による世界征服などもあるが
省略した。アメリカ大統領の「黒人奴隷制度」に対する反省は、
いまさら必要ないと「小浜氏」が言ったとか。十字軍の遠征や、シーザーや
ナポレオンによるアフリカ侵攻にも触れないことにした。
ドイツ・ヒトラー政権の犯罪は別格扱いとする。

いずれにしても、これらの談話は自らの植民地侵略の率直な反省をまとめている。
このような「談話」がこれまでに発表されていたとは驚きである。
こんにちまで、この談話の存在が明らかにならなかったのはなぜか。
世紀のナゾである。
談話の発表の年は不明だが、
発表の月日は、村山談話以外はすべて4月1日となっている。
ここに、ナゾを解くカギが隠されている。

 
 

投稿者 takaakira : 11:58 | コメント (0)

大相撲・豊の島四大関総なめ!! 歴史的快挙だっ!!

ああ、そうかい。
で??

大関破って、金星インタビュー、もうやめにしようや。
いっちょん、面白くねーから。
だいたい、オレ、いまの大関の名前知らん。
大関になりそうなヤツの名前も知らん。
「安馬」とかいう「蒙古馬」が有望だとか。
あんなのが、大関になるようではねー。

今場所もまだテレビを見ていない。
「モンゴル対モンゴル」の取り組みが多すぎる。
「元寇の役」の神風への復讐を受けているようだ。
朝青龍(蒙古に)行きて帰らず、とならんかな。

投稿者 takaakira : 10:48 | コメント (0)

2008年11月17日

アカネコ根性が民主政治を守る

国会議員で「世襲議員」が注目されている。
現在の麻生内閣の閣僚の大半が「世襲議員」だという。
政治は「封建時代」に逆戻りするのかといいたい。

そんななかで、わが大分県では、世襲議員が見当たらない。
昔は金光庸夫さんや後藤正夫さんなど、二世議員がいたが、
いまでは姿を消してしまった。
これからも「二世議員」が出てくる可能性はない。
これはたいへん素晴らしいことである。
世襲議員を抱えている県の人たちに対して、おおいに威張ってよい。

では、なぜ大分県では「世襲議員」が生まれないのか。
大分合同新聞の「東西南北」では、県民の開明性とかを上げていたが、
私は、ずばり「アカネコ根性」のせいであると断言する。

大分県民性には、他人が良い目にあうことを認めず、足を引っ張るという
特性があるそうだ。
楽にして出世するやつは認めんというのだ。
他人の幸福は癪に障るということで、これが「アカネコ根性」である。
「世襲議員」のように「楽して」いい目を見ることは許さんというわけだ。
嫌な根性という人もいるが、そのおかげで我が大分県は「世襲化」の
毒にやられずにすんでいるのだ。

国民の政治参加の機会をつぶし、民主政治を破壊する諸悪の根源である
「世襲議員」を、県民性のアカネコ根性がチェックしているのである。
そんなヤツが出そうになったら「アカネコ根性」で、事前に踏み潰してしまおう。
足を引っ張って引き摺り下ろしてやろう。
ああ、なんと素晴らしい「根性」であることか、我がアカネコ根性は。
これこそ、民主政治を救い守る根性である。

このアカネコ根性を、他の県に「輸出」してやろうではないか。
大分県の新しい文化文明の「特産品」として…。

投稿者 takaakira : 13:18 | コメント (0)

死刑から懲役判決・ほとんど全大統領が「処罰」をくった

初代、2、3代………李承晩 亡命先で死去
4代…………………伊譜善 軍法会議で懲役3年の判決
5~9代 ……………朴正煕 暗殺
10代………………崔圭夏 8か月で退任
11、12代…………全斗煥 死刑判決(後に恩赦で釈放)
13代………………盧泰愚 懲役17年(後に恩赦で釈放)
14代………………金泳三 次男が逮捕
15代………………金大中 野党時代に死刑判決
16代………………盧武ヒョン 在任中告発 

お分かりでしょう。これは、お隣り韓国の歴代大統領の「末路」です。
初代の李承晩大統領から13代の盧泰愚大統領まで、
退任後平穏だったものは皆無である。
亡命から暗殺、死刑判決、懲役判決など、
一国の最高責任者の地位にあったものとして、
その転落振りは目を覆うばかりである。

これに比して、米国では辞任させたニクソン大統領は「世紀の盗聴犯罪」で
刑事免責となった。
「大統領」を刑事処罰することは、米国の国威にかかわるということだろう。
文明国の「思考」であろう。
前任の権力者の末路がが「危険」なのは、
その国の政治の成熟度と関係するのだろうか。

台湾の前総統・陳水扁氏の「逮捕」でこんなことを考えた。
そして、陳氏と同じような「不正」を検察によって起訴されながら、
不問に付されることになった、国民党の現台湾総統の馬英九氏との対比を思った。
台湾の政治はまだ成熟度が足らないのかな。
それとも以前の「人治主義」の時代が、またやってくるのか。
 

投稿者 takaakira : 11:31 | コメント (0)

2008年11月15日

各国首相談話???

「村山首相談話」がクローズアップされているが、
最近先進各国の首相が、
村山談話に応じる「談話」を発表していたたことが
明らかになった。
著名な外交評論家としての「私」しか知らない情報なので、
現在確認中である。
結果によっては、公表することもある。
乞うご期待!!!!

投稿者 takaakira : 13:55 | コメント (0)

2008年11月14日

姉のヒロポン飲んじゃった

最近大麻など覚せい剤が話題になっている。
昭和17年、戦時中はヒロポンは、だれでも薬局で簡単に買えた。

当時女学校一年の姉が、ヒロポンを買ってきて私に見せた。
親指ぐらいの大きさの透明な小ちゃなビンに錠剤が入っていた。
ねじ込み式の赤い蓋がついていた。
白色で、直径5ミリの小さな円柱形の錠剤だった。

姉はこれを、夜の10時ごろに一錠飲んで、夜明けまで勉強をしていた。
定期試験の勉強のときだけ飲んでいた。
このことが、姉をオトナに見せていた。
私は「こんな薬を飲むなんて、さすが姉ちゃんオトナだな」と思ったものである。
ヒロポンは市販しているといっても、なんとなく神秘性があった。
人間を眠らないようにするという「効力」が、
それまでの私の理解している薬の範疇を超えていたからかもしれない。

それでも、私は自分も飲んでみたいという思いは強かった。
薬を飲むと「眠れなくなる」なんてことが、私には不思議でならなかったのだ。
そんなある日、姉が留守のとき、姉の机の上にヒロポンのビンが
ぽつんとのっていた。
中には二錠のヒロポンが入っていた。
チャンスとばかり、なにも考えずにそのなかの一錠を飲んだ。
母の目をかすめて台所で飲むときは、なんとなく「悪事」をしているようで
スリルがあったのを覚えている。

ところが、薬の効果はまったくなかった。
夜は9時には、眠ってしまった。
私が姉のヒロポンを飲んだことを聞いて姉は
「だのにもう寝てしまうなんて情けない。薬がもったいない」
と嘆いていたそうだ。

帰宅した姉が、ヒロポンが一錠無くなっているのに気づいて、母に尋ねたところ、
私が「飲んだらしい」ということになったという。
私が寝てしまったことが、よほどこたえたのか、姉からいつまでも
「ヒロポンを飲んだくせにすぐ寝てしまった。どんな神経してるんか」
といわれたものである。
いまのヒロポンのことを思うと、信じられない思い出である。
ヒロポンは、旧日本軍の特攻隊や夜間戦闘などで使用されていた。

投稿者 takaakira : 11:54 | コメント (0)

「日韓トンネル計画」はいずこへ?

日本と韓国の間の海底トンネル掘削計画について、
麻生総理がからんでいるとか、きな臭い話が出ている。

ウィキペディアにも、この計画の解説が出ている。
このための「日韓議員連盟」や「研究会」などが、すでに発足していて、
その中で麻生太郎さんが重要なポストについている。
トンネルはコンクリートを大量に必要とするので「麻生セメント」の
オーナーでもある麻生さんの利権が絡む、ということもいわれている。

ではこの「日韓トンル計画」の実体は…。
ウィキペディアによると「日本側(佐賀県)から調査坑を掘ったが、
その後大きな進展は見られない」としている。
実は私が学んだ熊本大学工学部の恩師のK教授が、
この計画の中心的役割を果たしているのである。

20年前、熊大工学部創設90周年記念行事の中の「恩師の講義」で、
K教授がこの計画をかなり具体的に解説してくれた。
イラストと写真を交えて、2時間余りの熱演だった。
聞き手が、我々工学部採鉱学科卒業生だから、
専門的にも詳しく話してくれた。

佐賀県の鎮西町(島?)からトンネル(調査坑)の掘削が始まり、
そのときの式典の写真を見せられた。町を上げての行事のようだった。
なかでも、トンネル予定地の海底の「測量」の話が面白かった。
この測量のために50億円?もかけて、専門の測量船を建造したという。
自前の測量船を作るとは豪勢なことだ。
その費用はK教授によると「どこからともなく出ていた」そうだ。

実に精巧な海底地図が出来上がっていた。
ところが、この地図をめぐって日本の自衛隊と韓国それに米国が絡み合って
争奪戦?をしているという。
朝鮮海峡は、潜水艦の出入りが激しくて、正確最新の海底地図は、
各国とも絶対に確保したいものである。
この計画の費用に文鮮明の「統一教会」が絡んでいるといわれ、
国際問題になる可能性があるようだ。

トンネルは途中、対馬で地上に出るが、ほとんどが海底。
トンネル内の「通気・換気」が問題となる。
このために、トンネルの途中から数本の「通気ダクト」を海面に出すことにしている。
このダクトは大分の新日鉄の工場にある、三本足の高層煙突そっくりである。
潜水艦などが衝突して破壊されると、トンネル内に水が奔流して大事故になる。
そこで、潜水艦ぐらいが衝突してもびくともしない頑丈な構造になっている。
潜水艦の方が壊れるそうだ。

ところが、こんな物騒な「障害物」が、朝鮮海峡にニョキニョキと立っていると、
航海の安全上ややこしいことになる。
「通気ダクト」の構造図を前にして、K教授は楽しそうに話していた。
写真と図面だけで100枚を超える膨大なもので、とても「架空」の計画とは
思えなかった。
講演が終わって、私がK教授に「記事に書いてみたい」といったら「ああいいよ」と
あっさりとOKが出た。

その後、資金関係など気になる点があり、記事を控えて現在に至っている。
どうやら、トンネル計画は「停滞」しているようだ。
自民党では2003年に、政党アクションプログラムの一つの夢実現21世紀会議で、
その実現に向けた政策提言をしている。この会議の議長は麻生太郎さんである。
いまは、その経済性をめぐる論議があるぐらいで、計画実施の動きはない。
調査坑は雨ざらしのままか。


投稿者 takaakira : 10:21 | コメント (0)

2008年11月13日

兵庫県知事の気持ち分かるねー

関東大震災が起こると、東京の「機能」を関西が「代行」することになる。
これは「チャンス」である。地盤沈下著しい関西の浮揚に利用できる。

兵庫県の井戸敏三知事が言ったことで、井戸知事はいま集中攻撃を浴びている。
テレビのコメンテーター等は、口をそろえて「被災者の苦しみを冒涜する発言だ」
と一斉口撃。みんな「道学者」か慈悲深きキリスト様のようになっている。
でもでも、この言を「その気持ち分からんでもない」という思いで受け取った
人はいるはず。
私がその一人なんだ。

意地悪のあの石原・東京都知事も、この発言を「役人の浅知恵」とけなした後に
「バカ正直」と付け加えている。
県全体の将来を担っている知事として、この「チャンス」発言は、
その心情分からんでもない、というのが私の感想。
なんで、世の評論家どもは、みんな口をそろえて「聖人ぶった」ことを言うのか。
「その気持ち分からんでもない」なんていったら、テレビの席を失うからなのか。
それをユーモアで聞き飛ばすことは出来ないのか。
それこそ、言論の弾圧というより「自己規制」ではないのか。

それに政治家までが、この「似非聖人」どもに同調している。
不法に手に入れたキンス(お金のこと)でも、返せば罪がなくなると信じている、
鉄面皮な政治家も聖人面して、没個性的な評論家といっしょになって
兵庫県知事を非難している。
そんな中で、石原都知事の「バカ正直なんだ」発言は、
じつに巧みに世の心情をついている。

兵庫県知事の発言のようなことは、人間の深層心理のなかで、
それほど珍しいことではない。

外国での航空機事故のニュースで「日本人は乗っていなかった」と知って
ホッと胸をなでおろしたり、火事場に駆けつけてボヤだったら「ナンダボヤか」
とがっかりするなんてこと、これまでになかったか。
他人の不幸は大きいほど面白く、わが身に降りかからない限り楽しもう、
というケシカラン心理が人間にはがあるのだ。

そこのところを含んで、しゃれの聞いたコメントが出来ないものか。
大統領の「不倫」をパスするフランスのジャーナリズムだったら、
この兵庫県知事の発言をどうコメントするだろうか。
こんなことを気にするのは、欧米依存の心理があるからかもしれない。
とにかく、あまりにも「画一的右へ倣え」だったので、腹が立ったのである。

ところで話は変わるが、麻生総理の「漢字読解力」は面白いね。
「頻繁」を「ハンザツ」と読んだり「未曾有」を「ミゾユウ」と読んだり、
彼の学習院時代の「辞書」はきっとユニークなものだったんだろう。
これでは「麻生総理用語辞典」なるものをつくらないと、
政治外交が混乱する恐れがある。
我が郷土豊後の哲学者・三浦梅園の著書は、梅園独特の「用語法」で
書かれているので、それを正しく理解するために「梅園用語辞典」をつくろう
とするものがいる。
「麻生総理用語辞典」もできたら便利だろうが、出版まで麻生政権がもつだろうか。
それにしても、国語力の稚拙さには驚く。

投稿者 takaakira : 10:43 | コメント (0)

2008年11月12日

兵は凶器なり・やがてクーデターが・国民よ目覚めよ

11日の参議院の参考人質疑で、前空幕長は国会議員を前にして、
「私の書いたものは、いささかも間違っていない」
「憲法は間違っている。改正すべきだ」
「国民に不安を与えたというが、ヤフーで58%が私を支持している」
「自衛官にも言論の自由がある。言論統制はおかしい」
など、とうとうと述べ立てた。

この場面をテレビで見ていて、私は慄然とした。
前空幕長が背広だったため、ことの重大性が政治家には理解できなかったようだ。
彼に制服つまり階級章をつけた「軍服」を着せて、このシーンを想像してみよう。
まともな政治家ならきっと「慄然」とするはずである。
「背広」にたぶらかされたプアーな政治家でも、「軍服」を着た軍人が、
国会内で議員を相手にこれだけのことを吼えまくったとしたら、
自衛隊というものが恐ろしくなることだろう。

それでも恐ろしさを感じない人は、バカな政治家としかいいようがない。
今回のことで危機意識において、情けないことに麻生総理はどうやら
この「バカ政治家」に近いようだ。

さらに怖いのは「私が指揮をすれば1000人以上が応募する」との発言だ。
論文募集に応じる自衛隊員のことについての発言である。
この人物の「私的」な指揮に応じる隊員が1000人以上もいると自慢しているが、
このことは、クーデターの基本形ではないのか。
軍組織を離れて、指揮官の私的な命令に従うことは「クーデター」の基本形
であることに、なん人が気づいているのか。

クーデターは、指揮官個人の「カリスマ性」に負うところがおおきい。
「226事件」における、安藤輝三大尉がそうだった。
前空幕長は、国会で「クーデター」の可能性をほのめかして、
政治家を脅したと、とれないこともない。
武器を持った唯一の組織の長のこの発言は「脅迫」と受け取って、
厳しい処置をしなければ、将来に禍根を残すことになる。
「兵は凶器なり」を、じっくり考えねばならない。

このあたりの感覚は、いまの政治家にはまったく欠けている。
発言の「内容」ではなく、発言した「公表」したそのことが「危険」なのである。
発言内容を論じれば、前空幕長に「論議」のチャンスを与えることになる。
こんなことも分からない政治家が、私は情けないというより、憎くなってくる。

自衛隊には「言論の自由」はない、ということを徹底すべきである。
前空幕長のような意見を公表したければ、自衛隊を辞職してから行うべきである。
その組織の禄を食みながら、その組織を否定するような言動をすることは、
「武士」として、もっとも恥ずべきことである。
その意味で田母神なる人物は「武人」ではない。
そんなものが空幕長職にあったことは、自衛隊の歴史の一大汚点である。

総理を護衛する護衛官(SP)が、
外部に向かって「オレはこの総理の考えは間違っていると思う」とか
「SPでも言いたいことを言う権利がある」などといったり、
そのような文章を公表したとする。
守るべき総理を否定するようなことを、外部に公表するようなSP。
こんなSPに、安心して総理の警護が任されるのか。
油断すると総理は、SPから暗殺されるかもしれない不安がつきまとう。。
インドのガンジー翁の暗殺がそうだった。

さらに、このような危険人物を「放置」してきただけでなく、
自衛隊三軍のトップにまで引き上げたことである。
そんな自衛隊の組織が問題である。
そのうえ、自衛隊員の士気を向上させるために、
現在の政府の方針、見解を「自虐史観」として否定する教育を長い間、
隊内で行ってきたことも問題である。

これは、クーデターへの「思想訓練」であるといえるのではないのか。
自衛体内には、こうした教育によって、第二第三の「空幕長」が
育っているのではないのか。不安でならない。
私も「嗜虐史観否定論者」だが、それを自衛隊で教えていたとは恐怖である。
政府や国民が、今のような貧弱な甘い対応をしていては、
クーデターが、妄想ではなくなる日がく、やがてるのではないか。
80歳目前の私は、その日まで生きていたくない。

「226事件」後に、梅津美次郎将軍による「粛軍」が強行され、
クーデターの根底まで徹底的に破壊された。
それほどの気概で、ことの処理に当たらねばならない。
余談だが「梅津将軍」は大分の人である。

投稿者 takaakira : 13:34 | コメント (0)

2008年11月11日

来場所の朝青龍はナシよ!!

朝青龍、九州場所休場。
来場所に復活を期待、なんていっているが、
いつまでこんなものに頼っているのか。
来年から、朝青龍の姿を土俵上に見たくない。
それに、関脇「安馬」に大関を期待。
日本人の大関は出ナインか。
日本人はロートル大関しかいないのか。
もう、まったく、大相撲は面白くないねー。
テレビ見なくなって何場所になるだろう。
「日本大相撲」が懐かしい。
双葉山、栃若、大鵬、貴乃花、みんな素晴らしかった。
「日本大相撲」が生き生きとしていた。
いまのような大相撲は、早く滅んでしまった方が良い。

投稿者 takaakira : 13:20 | コメント (0)

台湾でカップ麺すする渡辺監督

西武ライオンズが日本一になった。
監督一年で日本一とは、渡辺監督はなかなかのものである。
この人は、大投手でありながら、大物ぶらず尊大な雰囲気もなく、
愛想も良い方ではない。

この人が、台湾のプロ野球で監督をしているテレビを見たことがある。
投手として投げることもある「プレイイングマネジャー」だった。
狭苦しいアパートで一人住まい、カップめんをすするわびしい場面が映っていた。
長い足を窮屈に折り曲げて、自転車に乗って球場に出かける姿は、
これが西部の黄金期を支えたあの大投手とは思えない、情けない格好だった。
日本プロ野球の大投手が、なんで二流のプロ野球に身を投じたのか。
それでも、渡辺さんは明るく情熱的に、いろいろ語っていた。

いま日本一になった渡辺監督を見て、あのころのことを思い出した。
当時はとても、いまのように復活するとは思えなかった。
人間は「おお化け」するものだと、つくづく思った。
プレイヤーとしての復活なら、監督のおかげと言えるかもしれないが、
新人「監督」としての復活となれば、自力によるしかない。
渡辺さんの将来を、おおいに期待する。

私が現在のライオンズで知っている名前は、この人ただ一人である。
プロ野球から遠ざかっていた私を、渡辺監督がプロ野球に引き戻してくれた。
三原、広岡、森、野村と監督ばかりを追っていた私は、
いつのまにか、プロ野球から離れていた。
渡辺監督のデビューで、プロ野球が懐かしくなった。

投稿者 takaakira : 10:56 | コメント (0)

2008年11月 7日

それはペンによるクーデターではないのか?

自衛隊空幕長の懸賞論文事件を知ったときの私の第一感である。
自衛隊は政府の中の武器を持った唯一の集団であることから、
常にクーデターの可能性を警戒されるのが常識である。
それを防止するための法の整備も、当然あるべきである。
国民もこの警戒心は常にもっていなければならない。

この「武器を持った集団」は、国民に対して威圧する能力を持っている。
その集団の一員あるいはグループが、政府の意思に反する言論を公開した場合、
一般市民の評論家やブロガーの言論とは同じものではない。
「武力」をバックにした言論と受け取ることができる、その恐れがあるといえよう。
今回の論文は集団で応募しており、海上自衛隊でも自衛隊を巡る現状批判の
意見の論議を指導している。
組織的とさえいえる規模である。

外務省の幹部が、国の外交方針に反する言論を公開した場合に比べて
自衛隊の場合は、たとえ個人であってもその「脅威」において格段の違いがある。
ここのところの理解が、一般国民に徹底していないことが、
今回の事件で明らかになった。
空幕長の論文の内容についての論議はあるが、それが自衛隊幹部によって執筆
公開されたこと、そのこと自体に対する問題の指摘が弱いような気がする。

そんなことだから「自衛隊員が自分の考えを発表できないなんて北朝鮮と同じだ」
という空幕長のバカバカしい発言が、たいして問題にならないのだろう。
隊員各自は「自分の考えを公開してはならない」のが、
武器をもった(暴力)組織の自衛隊員の義務である。
この規範がなくなれば、自衛隊は「百花騒覧」、武力組織の統一は出来ない。
これでは国家騒乱を防ぐことは出来ない。

すべての隊員が自己の意見を押し殺して国家自衛隊の意思に従うことが、
武装組織としての自衛隊への信頼の基礎である。
こんどの空幕長の「論文事件」は、まさに自衛隊の「危険性」を無視した、
自衛隊員の立場を無視した低劣な仕業である。
そのうえ彼の「言論の自由論?」の幼稚さ。
こんな人物がよくも空幕長のポストについていたものである。

ところが、法律的に今度のことは処分の対象にならないという。
自衛隊法のなかの「職務に専念する義務」と「政治的行為の制限」などの
項目に「私的見解の公表禁止」という類の文章は無い。
悪名高き旧日本軍の精神を規定した「軍人勅諭」のなかでも軍人は「世論に惑わず、
政治にかかわらず…」と明記してある。
そして当時の軍人に選挙権は認められていなかった。
それでも軍人があれほどの政治介入ができたのだから、
その禁止条文が無い現在の自衛隊の危険度はどうなるのか。

しかも法で禁止されていないからと、今度の件で処分されたときは、
法によって争うと当の空幕長言っている。
政府もこの点ではしり込みしているようだ。
わずかに、空幕長の退職金の自主返還や参議院「参考人」招致などで
モタモタしているのが現状である。それも野党主導である。

与党の自民党には、自衛隊の本来の「危険性」に対する恐れは無いのか。
先進国にはクーデターは起こらないのか。
アメリカ軍が駐留しているから、自衛隊のクーデターなんて起こるわけが無い、
とのんきに構えているのではないのか。
その駐留米軍が自衛隊を、クーデターにそそのかすようなことは起らないのか。
いまは「ぺん」であるが、いつかは「剣」になるのではないか。
政治の責任を持つものは、ここまでの配慮は必要だと思う。
それが「国家百年の大計」である。

その意味で、今度の事件は国民と政府が、自衛隊について慎重に再検討する
チャンスではないのか。
これを「過剰反応」と笑うものがいたら、そのものの政治感覚と
歴史感覚を疑いたくなる。
それとも、この事件は懸賞論文の賞金を利用した「贈収賄事件」だというのか。


投稿者 takaakira : 12:05 | コメント (0)

2008年11月 5日

石井慧VS朝青龍

気がついたらブログの書き込みが、前回で600件を超えた。
今年の七夕に500件を超えてからちょうど4か月、月平均25本書いたことになる。
多いか少ないか分からない。
それにしても600本目が、今の柔道を「ブタの柔道…」と喝破?した木村政彦さんの
名言の紹介とは…。

そこで、601本目も柔道に関することを書く。
柔道五輪金メダリストの石井慧選手のこと。
3日にプロの格闘技への転出を明らかにした。
これを受けて、大晦日に試合するのかとか、初めの相手はだれか、
なんてにぎやかになってきた。
2chでは、大相撲の横綱・朝青龍との試合を望んでいた。
大賛成。

朝青龍は九州場所を休場するそうだが、これで「引退」は決まったも同然。
引退しなかったら引退勧告をしたらよい。とにかく大相撲から消えてもらうことだ。
当然格闘技へ行くが、その相手に石井慧選手は最高である。
柔道では一試合が4、5分だから、ほとんどが「一分勝負」で決まる大相撲の
朝青龍は、スタミナが続かない。
かくして「朝青龍の負け」となる。

それでは実も蓋も無いので、この両者の取り組みは先延ばしとなるかもしれない。
その間に、朝青龍がスタミナ対応力をつけて、石井選手とまともに戦えるようにする。
そのトレーニングぶりを、のぼせ症のマスコミにどんどん書きまくってもらう。
これで「石井対朝青」の試合は、視聴率がダントツに跳ね上がる。
めでたしめでたし、ということになる。
そして、私が愛した「大相撲」は救われる。

実は私は石井選手のことよりも、朝青龍の方が気になるのだ。
これ以上彼を大相撲においていたら、どれだけ害毒を流すか心配でならない。
大相撲の伝統だけでなく、相撲の品格からさらに人間としての立ち居振る舞いまで
その害が及ぶ恐れがあるのだ。
幸いに九州場所を休場するという。
こんなよい機会は無い。
協会の決断を要求する。
協会はもっとしゃんとして、大相撲を正道に戻すべきである。

なお、石井選手のデビュー戦は「魔左?斗」選手がよいだろう。
結果は石井の負け。これでまず魔左斗の人気が上がる。
石井は、大晦日までのトレーニングの期間が短かったことを弁解するとよい。
そして石井の次の相手に、朝青龍をもってくればよい。
魔左斗戦で盛り上がったムードが、さらに燃え上がること請け合いだ。

投稿者 takaakira : 12:45 | コメント (0)

2008年11月 4日

今の柔道はブタのやる柔道だ

北京五輪の金メダリスト・石井慧選手が、格闘技への転進を明らかにした。
これに関連して、柔道からこの方面に転進した小川直哉、吉田英彦の
両メダリストがあげられ、古いところでは、柔道日本一となった坂口征二選手の
名が上がっている。
そこで忘れてならないのは「木村政彦」の名である。

身長169cm、体重85kg、中肉中背のごく普通の体格である。
これで柔道日本一を13年間も守ってきたのだ。
いまのような「体重」で勝つような柔道ではなく、まさに「ワザ」で勝っていた。
生前、山下泰祐、斉藤仁選手らが活躍する柔道界を、テレビに出演して
「今の柔道はブタのやる柔道」と批判したことは有名。

その木村さんも、プロレスに転進したことがある。
山下さんもプロレスに行きかけたことがある。
協会がプロレスから「買い戻した」とか。
危なかった!!

ここまで書いて気分が悪くなったので、後は別の機会に書きますす。ゴメン

投稿者 takaakira : 13:59 | コメント (0)

人をけなしても、だれも偉くならない

麻生さんが示した不況対策は、評判が良くないようだ。
なかでも「そんなちまちましたことよりも国の経済をどのように運営し、
日本をどの方向にもっていくのか」という基本方針が見えない」との批判が、
発表直後に目だった。
発表して間が無いので、内容まで分析する時間が無いので、さしあたり
「基本計画が無い」ことでも指摘しておこうという発言が多いように感じた。
評論家の「逃げ」のコメントである。

私はこの「基本計画論」をきいて、バカらしくなった。
豪雨で堤防のあちこちが決壊して、川の水があふれ出ているとき、
なによりもまず決壊箇所を土嚢などでふさぐことが第一だのに、
それをせずに、その川の治水の「基本計画」をたてよというのと同じことだ。
そんなことに時間をとられていると、決壊箇所は拡大して出水が激しく、
ついには大洪水となる。
こうなっては「基本計画」なんていっておられない。

いまの経済恐慌をそのままにして、国の経済の基本計画を立てることを先行すると、
各方面の経済破綻は拡大し深刻化して、経済がどうにもならなくなってしまう。
「基本計画」のたてようが無いほど破滅してしまう。
世の評論家、テレビのコメンテーターよ、そこのところの「緊急性」の「選択」が
分からんのか。

そんなに頭が悪いのか。
なんでもかんでも批判すればよいというものではないぞ。
「認める」「評価する」ことは、あんたたちのメンツをつぶすことにはならんのだよ。
もっと素直に、堂々と評論しなさい。
基本計画論議は、次の段階の仕事なんだよ。

人を認めることは、それほど難しいことではないはずだが。
ひとをけなすことでは、だれも偉くならないんだよ。
けなしたモンが、一番バカになるんだよ。
ということで、いまは人をけなした私がバカである。

投稿者 takaakira : 13:28 | コメント (1)

米大統領選挙-これで私の「戦後」が終わる

いよいよ米大統領選虚の投票。
大勢は出尽くして、残るは「肌の色」。
世論調査で、オバマ候補を支持した人のなかに、いざ投票となると「人種」のことが
気になる人がどれだけいるか。
いまだに黒人差別の結社「KKK」が存在しているアメリカ社会が
「黒人大統領」を受け入れるまでに成熟しているのか。
これは私の思春期の体験からの疑問でもある。

終戦の翌年の春、大分中学3年生のとき、私は別府の進駐軍(米軍)のキャンプで
働いていた。。
米兵の訓練は現在の野口原の陸上競技場(旧競馬場跡)で行われていた。
訓練が終わった米兵は、錬兵場に隣接している兵舎に帰っていた。
二階建てモルタル作りの、当時としてはなかなかしゃれた兵舎だった。
大分市の梅林建設が請け負ったと記憶している。

私はキャンプ地内で、訓練を終わってキャンプに帰営するアメリカ兵の隊列と
たびたびすれ違った。
その隊列に黒人兵が混じっていた。
「白人」も珍しかったが、生まれて初めて「黒人」なるものを間近に見るので
たいへん興味があった。
皮膚の色といい、その雄偉な体格そして真っ黒な肌、
極言すると「これでも人間なんだ」と思ったものである。
そんな「人間離れ」した黒人を戦友として戦ってきたアメリカ兵の心理状態は
どんなものだったのか。
こんな恐ろしげなものを「奴隷」として使ってきたアメリカ人の「体力」はすげーな。

戦時下に旧日本軍の一員であった私には、この軍隊内の黒人の存在は
異様なものにうつった。これで安心して戦えるのかと。
その黒人兵と米兵が互いに笑って話すのを、不思議な感じで見ていた。
へー、黒人は結構、認められてるんだと。

ところが、兵舎が近くなると、黒人兵は白人兵と分離して、別の方に向かっていく。
そこでトラックに乗せられて、キャンプを出て別大国道を走って、大分市に向かう。
行き先は春日浦の埋立地にある粗末な「カマボコ兵舎」である。
黒人兵のために急ごしらえで作られた「波板鉄板」のカマボコ型の兵舎である。
野戦用の臨時兵舎である。

黒人兵はここに寝起きして、毎朝トラックで別府のキャンプに訓練に
運ばれていたのである。
訓練はいっしょにするが、生活まではいっしょにしない。
プライバシーまでは「共有」しない。
白人は、温泉の町「別府」の兵舎で、黒人は温泉が出ない「大分」の
海岸埋立地の野戦用兵舎で…。
見事な「黒人差別」である。
たいへんなショックだった。

この経験は私の中で、いまだにしっかり生きている。
だから「オバマ大統領」の出現を、いまだに信ずることが出来ないのだ。
この判定はここ数日のうちに明らかになる。
その結果によって、別大国道を黒人兵を乗せて走る「トラック」が、
私の心の中から消えることになるのか。
そんな思いで、米大統領選挙を見つめている私である。
これで私の「戦後が終わる」なんて、きざなことを言うつもりはないが…。

投稿者 takaakira : 10:21 | コメント (0)

2008年11月 1日

オリンピック「三連覇」は素晴らしいけれど……

平泳ぎの北島康介選手の「オリンピック三連覇」が話題になっている。
女子レスリングでは吉田沙保里選手も「三連覇」が期待されている。
柔道60kg級の野村忠宏選手は、オリンピックで
1996年から2004年のアテネ大会にかけて「三連覇」を達成している。

オリンピック三連覇は至難の業と言われるが、すでに実績があるのだ。
次のロンドンオリンピックで、だれが「三連覇」を達成するのか。
可能性ゼロ、というのではないから楽しみである。

ところで、三連覇するからには、その種目で国内最高の地位にいなければならない。
そうでないと、オリンピック出場選手に選ばれないから。
ということは、その間にこの選手を超える選手が出てこないことでもある。
「五輪三連覇」するには、少なくとも「10年」はトップにいなければならない。
その間に次の選手が出ないことは、その種目の「停滞」ということにならないのか。
10年間も「停滞」するのである。

「二連覇」ならば、5年間の停滞?ですむが、三連覇となると…。
だからオリンピック三連覇を、私は心から喜ぶことが出来ない。
すばらしいことではあるが、その陰でどれだけの逸材が
日の目を見ることができなかったのか。

「二連覇」まででほどほどにして、次の世代の育成に努めるのが
正道のような気がする。
五輪三連覇のことを聞くたびに、こんなことを思うのは私だけだろうか。
一人の選手に「三連覇」を任せるのではなく、国として「三連覇」をすればよい。
同じ選手でなければならないとは考えないことだ。


投稿者 takaakira : 14:02 | コメント (0)