« オリンピック「三連覇」は素晴らしいけれど…… | メイン | 人をけなしても、だれも偉くならない »
2008年11月04日
米大統領選挙-これで私の「戦後」が終わる
いよいよ米大統領選虚の投票。
大勢は出尽くして、残るは「肌の色」。
世論調査で、オバマ候補を支持した人のなかに、いざ投票となると「人種」のことが
気になる人がどれだけいるか。
いまだに黒人差別の結社「KKK」が存在しているアメリカ社会が
「黒人大統領」を受け入れるまでに成熟しているのか。
これは私の思春期の体験からの疑問でもある。
終戦の翌年の春、大分中学3年生のとき、私は別府の進駐軍(米軍)のキャンプで
働いていた。。
米兵の訓練は現在の野口原の陸上競技場(旧競馬場跡)で行われていた。
訓練が終わった米兵は、錬兵場に隣接している兵舎に帰っていた。
二階建てモルタル作りの、当時としてはなかなかしゃれた兵舎だった。
大分市の梅林建設が請け負ったと記憶している。
私はキャンプ地内で、訓練を終わってキャンプに帰営するアメリカ兵の隊列と
たびたびすれ違った。
その隊列に黒人兵が混じっていた。
「白人」も珍しかったが、生まれて初めて「黒人」なるものを間近に見るので
たいへん興味があった。
皮膚の色といい、その雄偉な体格そして真っ黒な肌、
極言すると「これでも人間なんだ」と思ったものである。
そんな「人間離れ」した黒人を戦友として戦ってきたアメリカ兵の心理状態は
どんなものだったのか。
こんな恐ろしげなものを「奴隷」として使ってきたアメリカ人の「体力」はすげーな。
戦時下に旧日本軍の一員であった私には、この軍隊内の黒人の存在は
異様なものにうつった。これで安心して戦えるのかと。
その黒人兵と米兵が互いに笑って話すのを、不思議な感じで見ていた。
へー、黒人は結構、認められてるんだと。
ところが、兵舎が近くなると、黒人兵は白人兵と分離して、別の方に向かっていく。
そこでトラックに乗せられて、キャンプを出て別大国道を走って、大分市に向かう。
行き先は春日浦の埋立地にある粗末な「カマボコ兵舎」である。
黒人兵のために急ごしらえで作られた「波板鉄板」のカマボコ型の兵舎である。
野戦用の臨時兵舎である。
黒人兵はここに寝起きして、毎朝トラックで別府のキャンプに訓練に
運ばれていたのである。
訓練はいっしょにするが、生活まではいっしょにしない。
プライバシーまでは「共有」しない。
白人は、温泉の町「別府」の兵舎で、黒人は温泉が出ない「大分」の
海岸埋立地の野戦用兵舎で…。
見事な「黒人差別」である。
たいへんなショックだった。
この経験は私の中で、いまだにしっかり生きている。
だから「オバマ大統領」の出現を、いまだに信ずることが出来ないのだ。
この判定はここ数日のうちに明らかになる。
その結果によって、別大国道を黒人兵を乗せて走る「トラック」が、
私の心の中から消えることになるのか。
そんな思いで、米大統領選挙を見つめている私である。
これで私の「戦後が終わる」なんて、きざなことを言うつもりはないが…。
投稿者 takaakira : 2008年11月04日 10:21